はじめに:あなたは「フリーランス」?「経営者」?
最近、会社に縛られず、自分のスキルを活かして独立するプロフェッショナルがどんどん増えています 。
もっと自由な働き方をしたい、家族との時間を大切にしたい、そんな様々な理由から、多くの人が「フリーランス」や「一人会社の一人社長」という道を選んでいます。
一見すると、どちらも「一人で仕事をする」という点では同じように見えるかもしれません。でも実は、この二つの働き方の間には、とても大きな違いがあるんです。
それは、法的な責任の重さから、税金対策、社会的な信用、そしてビジネスの未来まで、あなたのキャリア全体に関わる、とても重要な戦略の違いなのです。
この記事では、そんな「一人社長」と「フリーランス」の間に引かれた境界線を、一緒に探っていきたいと思います。
「フリーランス」の新しい常識!フリーランス保護新法ってなんだ?
「フリーランス」という言葉、すっかりお馴染みになりましたよね。会社に所属せず、自分のスキルを武器にプロジェクトごとに契約して働く、自由なイメージです。
ライター、デザイナー、エンジニアなど、様々な職種の方が活躍しています。でも、この「なんとなくのイメージ」と「法律上の定義」は、これまで必ずしも同じではありませんでした。
そんな状況をガラッと変えるのが、2024年11月1日に施行される「フリーランス保護新法」(正式名称は「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」)です。
この法律は、フリーランスとして働く人たちが安心して仕事に集中できる環境を作るために生まれました 。
これまでは、発注する企業側との力関係で、報酬の支払いが遅れたり、一方的に金額を減らされたり、契約内容が曖昧だったり…といったトラブルが後を絶ちませんでした 。この新しい法律は、そんな問題を解決するためのルールブックなんです。
この法律の一番のポイントは、保護の対象となる「フリーランス」をハッキリと定義したことです。
法律の中では「特定受託事業者」という少し難しい言葉で呼ばれていますが、その定義はとてもシンプル。ズバリ、「従業員を雇っていない事業者」のことです。
これって、実はすごく画期的なことなんです。今までのイメージみたいに「どんな仕事をしているか」ではなく、「従業員がいるか、いないか」という客観的な事実で判断するからです。
なぜなら、法律が注目したのは「なぜフリーランスは取引で弱い立場になりやすいのか?」という構造的な問題。その答えは、組織である発注者に対して、たった一人で交渉しなければならないという力の差にありました。
従業員がいない事業者は、どうしても事業規模が小さくなりがちで、特定のお客さんに依存しやすくなります。この構造的な弱さこそ、法律が守るべきだと考えたポイントなのです。
だから、この新しい法律が言う「フリーランス」は、普段私たちが使っている言葉のイメージとは少し違います。
例えば、一般的にフリーランスと呼ばれていても、従業員を雇っていればこの法律の保護対象外になります。逆に、建設業の一人親方のように、自分ではフリーランスだと思っていなくても、従業員なしで仕事を受けていれば、法律上はしっかり保護の対象になるんです。
この法律は、働き方の呼び名ではなく、そのビジネスの「実態」を見て、本当に保護が必要な人を守ろうとしてくれる、頼もしい味方なんですね。
フリーランス保護新法では、一人社長も「フリーランス」です!
さて、フリーランス保護新法の基本がわかったところで、いよいよ本題です。「一人会社の一人社長は、法律上フリーランスなの?」――その答えは、ハッキリ「YES」です。
この新しい法律は、法人である一人社長も、保護対象の「フリーランス(特定受託事業者)」に含めているんです。
これは法律の条文にも、はっきりと書かれています。法律では、保護の対象者を2つのタイプに分けています。
- 個人で、従業員を雇っていない人
- 法人(会社)で、社長が一人いるだけで他に役員がおらず、従業員も雇っていない会社
この2番目のルールがあるからこそ、一人会社も法律の保護を受けられるわけです。
つまり、代表取締役が一人いるだけで、他に取締役や監査役といった役員がおらず、従業員もいない会社は、個人事業主のフリーランスと全く同じように扱われる、ということなんです。
なぜこんなルールがあるのでしょうか?そこには、法律を作った人たちの「抜け道を許さないぞ」という強い意志が感じられます。
もし保護の対象を個人事業主だけに限定してしまったら、どうなるでしょう。発注元の企業が「法律の対象外になりたいから、あなたも会社を作って(法人成りして)ください」と、法人化を無理強いするかもしれません。
形だけ会社にさせることで、実質一人で働いている人を保護の枠から外せてしまう、というわけです。
フリーランス保護新法は、そんな形だけの理屈が通らないように、事業の「実態」を重視しました。会社という法的な衣をまとっていても、その中身が一人の個人であるという力関係に注目したのです。
大企業を相手に交渉するとき、一人会社の社長が持つ交渉力は、個人事業主と本質的には変わりません。どちらも「組織」対「個人」という、アンバランスな状況に置かれているのは同じですよね。
この考え方は、日本の法律にとって結構大きな一歩です。
普通、会社とその社長は法律上「別人格」として厳しく区別されます。でもこの法律は、その壁の向こう側を透かして「実態」を見てくれるんです。これは、古い法律の形にこだわるのではなく、新しい働き方の現実に合わせて、「働く個人」そのものを守ろうという、現代的な考え方の表れと言えるでしょう。
ギグワーカーのような新しい働き方にも対応しようとするこの法律の姿勢は、まさに時代の変化を映し出しているんですね。
似てるけど、中身は全然違う!一人社長とフリーランス(個人事業主)の構造的差異
フリーランス保護新法のもとでは同じように守られる一人社長とフリーランス(個人事業主)。でも、ビジネスの世界に一歩足を踏み入れると、この二つは全く違うルールで動いていることがわかります。
ここでは、両者の違いを5つのポイントから徹底比較します。
1 法人格と責任の範囲:失敗したときのリスクが天と地ほど違う!
ビジネスで最大の違いは、この「責任」の範囲です。
フリーランス
フリーランス、つまり個人事業主は、あなた自身と事業が法律上イコールです。事業の利益はあなたの利益、そして事業の借金はあなたの借金。これを「無限責任」と言います 。
もし事業がうまくいかず、返せないほどの借金を抱えてしまったら、仕事用の資産だけでなく、あなたの貯金やマイホームといったプライベートな財産まで返済に充てなければなりません。これは、人生そのものを左右しかねない大きなリスクです。
一人社長
一方、一人会社の社長は、「会社」という独立した人格を持つ組織の代表です。法律上、会社と社長個人は別人なので、会社の資産と個人の資産はきっちり分けられます 。そのおかげで、社長は「有限責任」というメリットを享受できます。
会社の借金やトラブルの責任は、原則として会社がその資産の範囲で負うもので、社長個人の責任は、自分が出資した資本金の範囲まで。銀行からお金を借りる時に個人保証をした、といった例外を除けば、万が一会社が倒産しても、あなたの個人資産は守られるのです。
この有限責任は、ただのリスク回避策ではありません。むしろ、ビジネスを成長させるための強力なアクセルになります。
無限責任のプレッシャーは、知らず知らずのうちにあなたを臆病にし、大きな挑戦をためらわせるかもしれません。でも、有限責任なら、事業のリスクと個人の生活を切り離せます。
この安心感が、より大胆で積極的な経営判断を可能にし、ビジネスの成長ポテンシャルを大きく引き上げてくれるのです。
2. 設立プロセスとコスト:手軽さのフリーランス、計画性の一人社長
ビジネスをスタートする時の手続きと費用も、全く違います。
フリーランス
フリーランスになるのは、とっても簡単で、お金もかかりません。税務署に「開業届」という書類を一枚出すだけでOK。この手軽さは、すぐにでも事業を始めたい人にとって大きな魅力です。
一人社長
一方、一人会社の設立は、計画的に進める必要があり、それなりの費用もかかります。
まず、会社のルールブックである「定款」を作り、公証役場で認証してもらい、法務局に「法人設立登記」を申請します。この過程で、登録免許税などの費用が、合同会社なら約10万円、株式会社なら約22万〜25万円ほどかかります。もちろん、事業の元手となる「資本金」も準備しなければなりません。
一見すると、この手間とコストは法人のデメリットに思えますよね。でも、実はこのハードルの高さこそが、法人が持つ「社会的信用」の源泉なんです。
誰でも無料でなれるフリーランスと違い、法人の設立手続きは、あなたの事業に対する本気度や計画性、経済的な基盤を公に示す行為そのもの。会社の登記情報は誰でも見ることができるので、取引先や銀行に大きな安心感を与えます。
つまり、設立にかかる費用や労力は、単なる出費ではなく、「社会的信用」という目に見えない大切な資産を手に入れるための初期投資と考えることができるのです。
3. 税務と会計の構造:「役員報酬」が節税のカギ!
税金と会計の仕組みは、両者の経済的な性格の違いが最もはっきり表れる部分です。
フリーランス
フリーランスの場合、事業の利益(売上から経費を引いたもの)が、そのままあなたの「事業所得」になります。この所得にかかるのが「所得税」で、稼げば稼ぐほど税率が上がる「超過累進課税」(税率5%〜45%)が適用されます。あなた自身の給料を経費にすることはできません。
一人社長
一方、一人会社の一人社長では、利益はまず会社の利益となり、これに「法人税」がかかります。法人税の税率は、所得税の最高税率より低く、ほぼ一定です(中小企業の場合、課税所得800万円までは15%、それ以上は23.2%)。
ここでの最大の違いは、「役員報酬」という考え方があることです。一人社長は、会社から給料(役員報酬)をもらう立場になります。この役員報酬は、会社にとっては経費になるので、会社の利益を減らし、法人税を抑える効果があります。
そして、社長個人は受け取った役員報酬に対して所得税を払いますが、その際にサラリーマンと同じように「給与所得控除」という税金の割引が受けられるんです。
この「役員報酬」という仕組みのおかげで、一人社長は会社の利益を「会社に残す分」と「個人で受け取る分」に戦略的に分けることができます。これにより、会社と個人を合わせたトータルの税金を賢くコントロールできるのです。
さらに、法人は経費として認められる範囲が個人事業主より広い傾向があります。
例えば、社長の退職金の準備や、自宅を社宅扱いにして家賃の一部を経費にすることも可能 。事業の赤字を繰り越せる期間も、個人事業主の3年に対して法人は10年と長い。ある程度の利益が出るようになると、法人化は大きな節税メリットをもたらしてくれるのです。
4. 社会保険の義務と恩恵:コストは増えるが、将来への投資
社会保険との関わり方も、根本的に違います。
フリーランス
個人事業主は、基本的に「国民健康保険」と「国民年金」に加入します。従業員が5人未満なら、会社員が入るような健康保険・厚生年金保険(社会保険)に入る義務はありません。
一人社長
一方、一人会社は、たとえ社長一人でも法人である以上、「社会保険」への加入が法律で義務付けられています。
保険料は会社と社長個人で半分ずつ負担します。このため、月々の保険料負担はフリーランスより増えることがほとんどです。
このコスト増はデメリットに感じられるかもしれません。しかし、これは将来への「強制的な投資」と考えることもできます。なぜなら、社会保険の保障内容は、国民健康保険・国民年金よりもずっと手厚いからです。
特に年金は、国民年金(基礎年金)に厚生年金が上乗せされるので、将来もらえる年金額が大幅にアップします。病気やケガで働けなくなった時の傷病手当金など、保障の範囲も広いんです。
5. 社会的信用力と事業機会:取引、融資、採用で差がつく!
両者の間には「社会的信用力」という点でハッキリとした差があります。
フリーランス
個人事業主は手軽に始められる分、どうしても「実態が見えにくい」「不安定かも」と思われがちで、社会的信用度は法人に比べて低いと見なされます。
大企業の中には、個人事業主とは取引しないと決めている会社も少なくありません。銀行からの融資などでも、事業そのものより個人の信用情報が重視される傾向があります。
一人社長
一方、一人会社は法人格を持つことで、はるかに高い社会的信用力を得られます。会社の登記情報が公開され、客観的な存在として社会に認められるからです。この信用力は、ビジネスのあらゆる場面であなたを後押ししてくれます。
まず、取引のチャンスが広がります。個人事業主では難しかった大手企業との契約も、法人なら交渉のテーブルにつくことができます。次に、資金調達の選択肢が増えます。銀行融資はもちろん、より多様で大規模な資金調達も可能になります。法人向けのクレジットカードは利用限度額も高く設定されていることが多いです。
この社会的信用は、ただのイメージではありません。新しい売上につながる取引機会や、ビジネスの成長を加速させる資金へのアクセス権という、非常に具体的な経営資産なのです。
一目でわかる!一人社長とフリーランスの比較表
比較項目 | フリーランス | 一人会社の一人社長 |
法的地位 | 個人 | 法人 |
責任範囲 | 無限責任 | 有限責任 |
設立手続 | 開業届の提出 | 法務局への法人登記 |
設立費用 | ほぼ0円 | 約10万~25万円 |
適用税制 | 所得税(累進課税: 5-45%) | 法人税(ほぼ一定税率: 最大 23.2%) |
収入の扱い | 事業所得 | 役員報酬(給与所得) |
経費の範囲 | 比較的限定的 | 広い(役員報酬、退職金、社宅等) |
社会保険 | 国民健康保険・国民年金 | 健康保険・厚生年金保険(加入義務あり) |
赤字繰越 | 3年間 | 10年間 |
社会的信用 | 相対的に低い | 高い |
資金調達 | 個人の信用力に依存 | 法人の信用力も加味、選択肢が広い |
廃業手続 | 廃業届の提出 | 解散・清算登記(費用・時間要) |
「フリーランス」と呼ばれたくない?一人社長が「社長」であることにこだわるワケ
フリーランス保護新法では、一人社長も法律上の「フリーランス」として守られます。
でも、多くの経営者は自分のことを「フリーランス」ではなく「社長」と呼び、そう呼ばれることを望みます。これは単なる呼び方の問題ではなく、プロとしてのプライドやアイデンティティが関わる、深い心理の表れなんです。
実は「社長」という肩書は、法律で決められたものではないので、個人事業主が名乗っても問題はありません。
しかし、一人会社を設立した経営者が使う「社長」という言葉には、特別な意味が込められています。それは、これまで見てきた法人化のメリット、つまり「安定性」「事業家としての覚悟」「資産としての会社」「成長への意欲」を、その一言で表現しているのです。
第一に、「社長」という肩書は、事業の安定性と永続性の象徴です。
フリーランスという言葉には、どこか身軽で一時的なプロジェクトで動くイメージがつきまといます。それに対して、「会社」を経営する「社長」は、社会に根を張った、長く続く事業を運営しているという、どっしりとした安定感を与えます。
第二に、それは事業家としてのマインドセットの表れです。
一人社長の仕事は、専門スキルを提供することだけではありません。法律、税金、財務、コンプライアンスといった会社経営そのものに責任を負います。事業の利益は会社の資産であり、そこから自分の給料を決めるという行為は、まさに経営者の視点。
フリーランスが自分の腕一本で勝負する「職人」なら、一人社長は会社という仕組みを作り、育てる「事業家」なのです。
第三に、一人会社は自分が作り上げた資産だという意識があります。
フリーランスの価値は、その人個人のスキルや評判に大きく依存します。でも、一人会社は社長個人とは別の存在なので、会社そのものがブランドという資産になります。
将来、従業員を雇ったり、誰かに事業を引き継いだり、会社を売却したりすることも可能です。この「自分がいなくても続くかもしれない事業体」を創っているという自負が、「社長」というアイデンティティを強くします。
最後に、法人という形を選ぶこと自体が、「もっと大きく成長したい」という野心を周りに示すサインになります。
取引先や銀行に対して、個人として活動するだけでなく、組織として事業を成長させていく意志があることを、言葉にしなくても伝えているのです。
このように、「フリーランス」と呼ばれたくないという一人社長の気持ちは、法律の定義がどうこうという話ではなく、自分のプロフェッショナルとしてのあり方を、より正確に表現したいという願いの表れなのです。
それは、単なる「実行者」から、事業という価値を創り出す「構築者」へと、役割意識が大きく変わった証と言えるでしょう。
結論: 保護されるフリーランス、成長する一人社長
この記事では、「一人会社の一人社長」と「フリーランス」という二つの働き方を、法律、お金、そしてビジネス戦略という様々な角度から見てきました。その結果、一人社長が持つ「二つの顔」がはっきりと見えてきたのではないでしょうか。
一つ目の顔は、法律に守られる「フリーランス」としての顔です。フリーランス保護新法のもと、一人社長は個人事業主と同じように、不公平な取引から守られる存在となりました。これは、会社という形をとっていても、一人の個人として大企業と向き合う時の構造的な弱さを国が認め、セーフティネットを用意してくれたことを意味します。
しかし、もう一つの、そしてより本質的な顔は、成長を目指す「経営者」としての顔です。フリーランスから一人社長になるという選択は、単に手続き上の変化ではありません。それは、無限責任から有限責任へ、個人の所得から会社の利益と役員報酬へ、国民保険から社会保険へ、そして何より、個人の信用から法人の信用へと、ビジネスのOSを丸ごと入れ替えるような、大きな変革です。
法の下では守られる「フリーランス」でありながら、市場では成長を追い求める「経営者」として立つ。この二つの顔を使いこなすことこそ、現代の「一人社長」という働き方の真髄なのかもしれません。