はじめに:なぜ「女性 起業」と検索するのか?
「女性の起業」という言葉が持つ、特別な意味
「起業したい」と思ったとき、多くの人がGooleやYahoo!で検索して情報を集めます。でも、なぜ「女性 起業」や「起業するには 女性」のように、わざわざ「女性」という言葉を付け加えて検索する人が多いのでしょうか。
起業が誰にとっても大変な挑戦であることは、言うまでもありません。しかし、日本で女性が起業家として歩む道には、男性とは異なる、独特の壁やハードルが存在します。
「女性の起業」という言葉は、単に性別を表しているだけでなく、そこには特有のストーリーや課題が隠されていることの証なのです。
国内の盛り上がりと、世界の現実とのギャップ
データを見ても、その状況は明らかです。日本政策金融公庫の調査によると、2022年度に開業した人のうち女性の割合は24.5%と過去最高になりました。これは、女性のキャリアに対する考え方が変わり、起業への関心が高まっている証拠と言えます。
しかし、世界に目を向けると、日本の状況は少し違って見えます。グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(GEM)の調査では、日本の女性の起業活動は世界的に見ても活発とは言えず、男女間の差(ジェンダーギャップ)が大きいと指摘され続けているのです。
国内では盛り上がりを見せているのに、世界基準ではまだまだ。このギャップこそが、あなたが向き合うべき問題の中心です。
検索キーワードに隠された、本当のニーズ
つまり、「女性」とつけて検索する人がいるという事実自体が、とても重要なメッセージを発しています。一般的な起業ノウハウだけでは、女性が実際に直面する「リアル」に対応できない、という社会の心の声なのです。
資金調達の難しさ、家庭との両立、ロールモデルの不在といった、教科書には載っていない、ジェンダーに根差した具体的な情報を、多くの女性が求めているのです。
この記事が目指すこと
この記事では、データ分析から、日本社会に根付く課題の解明、そして実際に道を切り拓いている起業家たちのストーリーまで、多角的な視点から「女性の起業」を掘り下げていきます。
女性の起業がなぜ特別で、どんな壁があり、どんなチャンスが眠っているのか。そして、彼女たちはどうやって成功への道を歩んでいるのか。その答えを探ることは、単に男女平等の話にとどまりません。
政府が女性の活躍を成長戦略の柱に掲げているように、この眠れる可能性を解き放つことこそが、日本経済を元気にするための大切なカギとなるはずです。
データで見る、日本の女性起業家のリアルな姿
女性起業家を取り巻く環境について語る前に、まずはデータを使って「平均的な姿」を見ていきましょう。この数字の裏側を知ることで、彼女たちが直面する課題の背景がより深く理解できるはずです。
出典: 日本政策金融公庫「2022年度新規開業実態調査」、大阪経済大学「中小企業季報 2016 No.2」、日本政策金融公庫総合研究所「2013年度新規開業実態調査(特別調査)」、内閣府男女共同参画局「女性起業家を取り巻く現状について」(平成28年)
1. どんな人が起業しているの?
年齢
女性が起業する年齢で最も多いのは「40歳代」で38.5%、次いで「30歳代」が26.7%です。
若いITスタートアップの創業者、というイメージとは少し違い、多くの女性にとって起業は、人生の様々な経験を積んだ後のキャリアチェンジであることがわかります。
家族
女性起業家は男性に比べて結婚している割合が低く(女性50.7%、男性75.9%)、まだ小さい子ども(未就学児)がいる割合もかなり低い(女性10.5%、男性23.7%)のが特徴です。また、自分が家計のメインの稼ぎ手である割合も58.0%と、男性の93.3%と比べて大きく下回っています。
これは、起業というリスクを取る背景に、家庭の経済状況が大きく関わっていることを示しています。
経歴
最終学歴で最も多いのは「専修・各種学校」卒(33.5%)で、大学・大学院卒が最多の男性とは対照的です。
そして特に注目したいのが、起業する直前の仕事で最も多いのが「非正社員」で、29.5%にも上る点です。これは、女性が起業に至るまでの道のりが、男性とは大きく違うことを物語っています。
ほとんどの人が会社勤めの経験はありますが、管理職の経験や、その道専門の経験年数は男性より短い傾向にあります。
2. どんなビジネスをしているの?
業種
「サービス業」が40.4%と圧倒的に多く、次に「小売業」(15.5%)、「医療・福祉」(15.0%)と続きます。これらの多くは、企業相手(BtoB)ではなく、一般消費者向け(B2C)のビジネスです。
経営スタイル
開業時は「個人経営」が70.1%と大多数を占めており、会社(法人)としてスタートする男性(58.6%)よりもその割合が高いです。
事業の規模と売上
事業は比較的小さな規模のものが多く見られます。
従業員の平均人数は3.5人(男性は4.3人)で、43.6%は一人社長で事業を行っています。1ヶ月の平均売上(月商)は166万円で、男性の平均504万円と比べると3分の1以下です。
お客さん
主な販売相手は「一般消費者」が82.3%を占めています。また、商品やサービスのターゲットとして「女性」を意識している割合が36.4%と高く、男性起業家が「男女を問わない」市場をターゲットにしている(84.1%)のとは大きな違いです。
ビジネスの範囲
商圏は地域に密着した形が多く、「同じ市区町村内」が42.3%で最も多くなっています。
これらの違いを分かりやすく表にまとめてみました。
項目 | 女性起業家 | 男性起業家 |
開業時の平均年齢 | 40代が最多 (38.5%) | 30代・40代が中心 |
開業業種トップ3 | 1. サービス業 (40.4%) 2. 小売業 (15.5%) 3. 医療・福祉 (15.0%) | 1. サービス業 (25.3%) 2. 建設業 3. 飲食店・宿泊業 |
個人経営の割合 | 70.1% | 58.6% |
平均月商 | 166万円 | 504万円 |
平均従業者数 | 3.5人 | 4.3人 |
女性消費者ターゲット率 | 36.4% | 7.5% |
主たる家計維持者の割合 | 58.0% | 93.3% |
開業直前の最多職業 | 非正社員 (29.5%) | 正社員・正職員 |
出典: 日本政策金融公庫「2022年度新規開業実態調査」等に基づく
データから浮かび上がる、もう一つのストーリー
統計データを深く読み解くと、大切なメッセージが見えてきます。それは、多くの女性にとって、起業が順風満帆なキャリアのゴールではなく、むしろ「壊れてしまったキャリアの梯子」を自らの手で作り直すための選択肢になっているという可能性です。
「壊れた梯子」からの再出発
いくつかのデータがその背景を物語っています。起業直前の仕事が「非正社員」であったり 、管理職の経験が少なかったり 、起業の動機として「年齢や性別に関係なく仕事がしたかった」という声が多かったりするのは、決して偶然ではありません。
これらの事実は、日本の伝統的な会社組織の中で、昇進や成長の機会が限られ、キャリアの道筋が見えにくくなってしまった女性たちの姿を映し出しているのです。
起業は「プランB」?
女性の起業は、華やかな「第一希望(プランA)」というよりも、既存の働き方では十分なチャンスが得られなかった場合の、現実的で、時には切実な「次善の策(プランBやC)」として機能していると言えます。
目の前の梯子が壊れていたり、登ることが許されなかったりするときに、自分自身で新しい梯子を創造する行為としての起業なのです。
この視点を持つことで、「女性は小さなビジネスを好む」という単純な解釈ではなく、「限られた選択肢の中で、最善の道を切り拓いている」という、より深く、構造的な理解へと変わります。
女性起業家の支援が、日本の労働市場全体の課題解決と密接につながっている理由が、まさにここにあります。
なぜこんなに大変なの?女性起業家を阻む「見えない壁」の正体
前の章で見た男女間の統計的な違いは決して偶然ではなく、女性起業家が直面する何層にも重なった「壁」によって生み出されています。
この章では、その「なぜ?」を解き明かすために、お金の問題から社会の偏見まで、女性たちの行く手を阻む壁の正体を一つひとつ見ていきましょう。
1. 資金調達という迷路と「ガラスの壁」
女性起業家がぶつかる最初の、そして最大の壁。それが「お金」の問題です。
事業を始めるにも、大きくするにも資金は不可欠ですが、女性がその資金を手にする道は、男性よりも険しいのです。
これは、事業計画が悪いから、という単純な話ではありません。起業を取り巻く世界(エコシステム)に、根深い「偏見」が潜んでいるからです。
VCからの資金調達の壁
特に、大きな成長を目指すスタートアップにとって重要なベンチャーキャピタル(VC)からの資金調達には、はっきりとした男女格差があります。
VCの世界はまだまだ男性中心のネットワークで、女性起業家がその輪の中に入っていくのは簡単ではありません。
さらに、女性が提案するビジネスは、その規模や将来性について、なぜか過小評価されがちです。
女性の事業がサービス業や消費者向けビジネスに多いことも、VCが好む「急成長しやすい」IT系ビジネスとは違うと見なされ、投資対象として魅力が低いと判断される原因の一つになっています。
政府も認める課題
この問題は日本政府も認識しており、スタートアップを応援する代表的なプログラム「J-Startup」では、女性経営者の比率を2023年5月現在の8.8%から20%に引き上げる目標を掲げたり、女性の投資家(キャピタリスト)を育てる支援を始めたりしています。
世界と比べると…
資金調達の格差は世界共通の課題ですが、マスターカードの調査「女性起業家指数2021」によると、日本の女性の起業のしやすさは調査対象国の中でワースト3位という厳しい評価。その深刻さがうかがえます。
2 ハラスメントという地雷原:あまりにも身近な脅威
特に深刻なのが、ハラスメントの問題です。これは時々起こる不幸な事件ではなく、女性起業家にとって、あまりにも広く蔓延している危険な「地雷」のような存在です。
とりわけ、資金調達のように「お金を出す側」と「出してもらう側」という圧倒的な力関係がある場面で、その牙は剥かれます。
衝撃的な実態
アイリーニ・マネジメント・スクール(東京都港区)の2024年の調査では、なんと女性起業家の52.4%が、過去1年間に何らかのセクシュアルハラスメントを経験したと答えています。これは、ハラスメントが例外ではなく、日常に潜むリスクであることを示しています。
誰が加害者に?
最も多い加害者は「投資家・VC」(44.4%)。次に「顧客・クライアント」(33.3%)、「メンター・アドバイザー」(24.7%)と続きます。支援や取引を盾にした、明らかな権力の濫用です。
被害の具体例
「写真より実物の方がかわいいね」といった容姿への不適切な発言から、「投資の話をしよう」と食事やホテルに誘い出す行為、さらには投資と引き換えに性的な関係を迫るなど、信じがたいほど悪質なケースも報告されています。
ビジネスへの深刻な影響
被害は心の傷だけにとどまりません。起業家としての自信を打ち砕き、14.8%のケースでは事業の停滞や撤退といった、ビジネスそのものへの損害にまで発展しています。
声の上げにくさと対策の遅れ
これほど被害が広がっているにもかかわらず、被害を誰かに報告した起業家はわずか14.8%。報復を恐れたり、安心して相談できる場所がなかったりする現実が、この数字に表れています。
この問題に対しては、VC業界全体で行動ルールを定めたり、第三者の監視機関を設けたり、ハラスメントを厳しく罰する仕組みを作ったりすることが、一刻も早く求められています。
3. 「夫ブロック」と家庭という名の最前線
外からは見えにくいけれど、女性起業家にとって非常に大きな壁となるのが、夫や家族からの無理解や反対、通称「夫ブロック」です。
この背景には、日本の伝統的な「男は仕事、女は家庭」という役割意識や、経済的な不安が深く関わっています。
期待される役割との衝突
起業には、膨大な時間と経済的なリスクが伴います。これは、特に母親である女性に期待されがちな「家事や育児を優先し、家庭の安定を守るべき」という社会の空気と、真っ向からぶつかります。
乗り越えるためのヒント
この壁を乗り越えるには、日頃からの丁寧なコミュニケーション、事業計画やリスク、そして将来の見返りを具体的に示すこと、そして何より家庭内での「信頼貯金」を地道に積み重ねることが不可欠です。
家庭という一番の土台からの応援が得られなければ、どんなに良いビジネスも内側から崩れてしまいかねません。
4. ロールモデルとメンターがいない!
「こんな風になりたい」と思える身近な目標(ロールモデル)や、困ったときに的確なアドバイスをくれる相談相手(メンター)が少ないことも、女性の起業を難しくしている大きな要因です。
これは、女性たちの意欲や知識へのアクセスを妨げる、負のスパイラルを生み出しています。
負のループ
金融庁の分析「スタートアップエコシステムのジェンダーダイバーシティ課題解決に向けた提案」(2022年7月)でも指摘されている通り、周りに女性起業家が少ないため、経営の具体的な相談をする機会が限られてしまいます。
その結果、事業を大きくするのが難しくなり、成功事例が増えない。だから、次の世代の目標となる女性も育たない…という悪循環に陥っているのです。
支援のミスマッチ
そもそも支援プログラムやメンターの数が足りないだけでなく、紹介されるロールモデルが「スーパーウーマン」すぎて、自分には無理だと感じてしまう問題もあります。
例えば、親が全面的に協力してくれるなど、恵まれた環境にいる成功者の話は、多くの女性にとって共感が難しく、かえってやる気をなくしてしまうことさえあるのです。
女性特有の悩み
女性はキャリアの途中で出産や育児といったライフイベントを経験することが多く、その時の悩みやキャリアの立て方は男性とは違います。
男性の成功体験が必ずしも参考になるとは限らず、結果として多くの女性が、誰にも相談できずに一人で試行錯誤する「車輪の再発明」を強いられているのが現状です。
5. 要注意!SNSでよく見る「キラキラ起業女子」の甘い罠
SNSを開けば、高級ホテルでのランチやブランド品に囲まれた「キラキラ起業女子」の投稿が目に飛び込んでくるかもしれません。
でも、ちょっと待ってください。その華やかなイメージは、時に真剣にビジネスに取り組む女性たちにとって、やっかいなステレオタイプ(固定観念)になっているのです。
その実態と問題点
この「キラキラ」したイメージは、実は高額な起業セミナーやコーチング、時にはマルチ商法まがいのビジネスの宣伝文句として使われていることが少なくありません。
起業そのものを「夢」として売りつけることが「商品」になってしまっているのです。
隠されたビジネスの本質
こうしたイメージは、地道な市場調査や商品開発、資金繰りといった、本当にビジネスを成功させるために不可欠な、泥臭い努力や失敗の過程をすっぽりと覆い隠してしまいます。
どんな悪影響があるの?
- 真面目な起業家への風評被害
一生懸命に事業に取り組んでいる女性起業家が、この「痛い」と揶揄されるイメージと同一視され、ビジネスの信頼性や正当性が不当に傷つけられることがあります。 - 間違ったゴール設定
起業を目指す人が、成功とは華やかなイメージ作りや人脈作りのための交流会にあると勘違いし、ビジネスの心臓部である「お客様への価値提供」や「儲かる仕組み作り」をおろそかにしてしまう危険があります。 - 高い廃業率
このキラキラしたモデルを追い求めた結果、お客様に何の価値も提供できないままお金と時間を使い果たし、あっという間に廃業してしまうケースが後を絶ちません。
創業者自身の悩み:仕事、家族、そして「私」の間で
起業家が向き合う課題は、ビジネスの世界だけではありません。特に女性は、仕事人としての自分と、一人の個人としての人生が交わる場所で、深く、そしてとても現実的な悩みに直面します。
中でも、出産や育児に関する制度の不備は、非常に深刻な問題です。
1. ワークライフバランスという、甘くて危険な響き
多くの女性が起業を志す理由の一つに、「自分の采配で働き方を決めて、仕事と家庭をうまく両立させたい」という願いがあります。これは、起業がもたらす大きな「メリット」として、多くの人が期待することです。
しかし、現実はそう甘くはありません。起業は、時間的にも精神的にも、創業者を丸ごと飲み込んでしまいます。特に自宅で仕事をしていると、仕事とプライベートの境界線はどんどん曖昧になり、会社員時代とは全く違う種類の「ワークライフ・コンフリクト(仕事と生活の衝突)」が生まれるのです。
日本政策金融公庫(調査月報6 2023 No.177)のデータによると、女性起業家が事業に費やす時間は週平均44.1時間で、男性の48.7時間よりは短いという結果が出ています。
しかし、これは決して自由な時間が多いという意味ではありません。むしろ、男性よりも長い時間を家事に費やしているため、結果的に仕事に使える時間が短くなっている、と考える方が自然でしょう。
つまり、柔軟な働き方を求めて起業した結果、24時間365日、仕事と家庭の両方から解放されないという、新しいプレッシャーに苦しむことになりかねないのです。
2. 産休・育休の空白地帯:あまりにも大きな制度の穴
日本の社会保障制度は、そのほとんどが「会社に雇われている人(労働者)」を前提に作られています。この事実が、妊娠・出産を迎える女性創業者を、非常に弱い立場に追い込む、致命的な「制度の穴」を生み出しています。
法律上の立場の違い
会社の「役員」や「個人事業主」は、労働基準法や育児・介護休業法で守られる「労働者」とは見なされません。これは、彼女たちが法律で定められた育児休業(育休)を取る権利がなく、その間に雇用保険から支払われるはずの育児休業給付金も受け取れないことを意味します。
産前産後休業(産休)と、それに関連する出産手当金は健康保険から出ますが、産後の生活を支える最も重要なセーフティネットが、創業者には存在しないのです。
経済的な打撃
この収入の補償がないことは、多くの女性創業者を、心身ともに回復しないうちからの早期復帰へと追い立てます。
少し古い調査ですが、「雇用関係によらない働き方と子育て研究会 緊急アンケート調査」(期間:2017年12 月19日~31日、対象者:現在20~50 歳までのフリーランスまたは法人経営者等であり、雇用関係にないため産休・育休を取得できず、働きながら妊娠・出産・育児をした経験のある女性、有効回答数:353件)では、フリーランスや経営者である女性の44.8%が産後1ヶ月以内に、59.0%が産後2ヶ月以内に仕事に戻っているという、衝撃的なデータもあります。
保育園に入れない?
認可保育園の入園選考は、自治体ごとの「点数」で決まります。このシステムは、国の制度を使って正式な育休を取り、復職する会社員が有利になるように作られているため、創業者やフリーランスは非常に不利な立場に置かれてしまうのです。
当事者のリアルな声
当事者が直面するのは、「圧倒的な不確実性」に満ちた状況です。
法律上の決まりや明確な前例がない中で、自分がどれくらい休むのか、その間の給料はどうするのか、どうやって復帰するのか、そのすべてをゼロから会社や関係者と交渉しなければなりません。これを、妊娠・出産という心身ともに大変な時期に、たった一人でこなさなければならないのです。
これは、女性が、特に子どもを持つ可能性のある年代で起業することをためらわせる、とてつもなく大きなストレス要因となっています。
この制度上の格差を分かりやすくするために、会社員と事業主のママが利用できる支援制度を比べてみましょう。その差は一目瞭然です。
支援の種類 | 会社員(正社員) | 経営者・フリーランス |
法定産前産後休業(産休) | ◯(労働基準法) | △(法的な権利・義務はないが、実質的に休む) |
出産手当金 | ◯(健康保険から支給) | ◯(国民健康保険加入者以外は支給) |
法定育児休業(育休) | ◯(育児・介護休業法) | ×(対象外) |
育児休業給付金 | ◯(雇用保険から支給) | ×(対象外) |
育休中の社会保険料免除 | ◯ | ×(対象外) |
認可保育園入園選考 | 有利 | 不利 |
出典: 各種法律およびワールド・エコノミック・フォーラム等の報告書に基づく
チャンスはここにある!女性が輝くビジネスの領域
これまで課題を中心に見てきましたが、視点を変えれば、女性起業家だからこその強みや、それが大きなチャンスとなるビジネス領域が見えてきます。
この章では、女性が特に活躍できる分野やビジネスモデルを探り、利用できる支援制度についても、少し厳しい視点も交えながら解説します。
1. 女性の視点が強みになるセクター
女性起業家による成功ビジネスの多くは、特定のニーズ、特に「自分自身が当事者として深く理解している悩みや願い」から生まれています。
この「女性ならではの視点」は、他の誰にも真似できない、強力な武器になるのです。
特にポテンシャルの高い分野
- 美容・ウェルネス・サロン系:ネイル、ヘア、リラクゼーションサロンや化粧品販売など、女性の「きれいになりたい」「癒されたい」という気持ちに寄り添うビジネスは、女性起業家が本質的な強みを発揮できる王道エリアです 40。
- 育児・教育関連
自身の出産や子育ての経験が、そのままビジネスの価値になります。自宅での小さな教室、オンラインでの子育て相談、ベビーマッサージ、知育おもちゃの開発など、ママとしてのリアルな体験が、サービスの信頼性と共感性を何倍にも高めます。 - Eコマース・オンラインサービス
ハンドメイド作品の販売、独自のセレクトショップ、ウェブデザイン、オンライン秘書など。これらは少ない初期投資で始められ、場所に縛られずに柔軟な働き方ができるため、特に家庭との両立を目指す女性にぴったりです。 - 飲食関連
カフェ、パン屋さん、キッチンカーなど。自分のセンスや創造性を発揮しやすく、地域の人々が集まるコミュニティの拠点にもなれます。 - 地域密着型サービス
高齢者向けのサービス、家事代行、ハウスクリーニング、地域の魅力を活かした小さな観光ビジネスなど、地域コミュニティとの信頼関係がビジネスの土台になります。 - 農業(農業女子)
最近、「農業女子」と呼ばれる女性たちが農業の世界で新しい風を吹かせています。有機栽培や消費者への直接販売(6次産業化)、そして女性が働きやすい環境づくりといった視点を取り入れ、新しい価値を生み出しています。
2. 「私の悩み」がビジネスになる!実体験のパワー
成功するビジネスの多くは、創業者自身の個人的な悩みや不満を解決することから始まります。これは、後ほど紹介する起業家たちの事例でも繰り返し見られるテーマです。
個人的な「痛み」を、多くの人が共感できる「市場のチャンス」へと変え、本物のブランドストーリーを築くこと。それが、他にはない強力な差別化につながります。
例えば、自分の子どもの食物アレルギーに悩んだお母さんが、アレルギー対応のパン屋さんを開く。自身の辛い不妊治療の経験が、女性の健康課題をテクノロジーで解決する「フェムテック」企業を立ち上げる原動力になる。乳がんを経験した友人の言葉がきっかけで、本物そっくりの人工ボディパーツを作る事業が生まれる。
これらのストーリーは、リアルな体験が持つ、計り知れないパワーを教えてくれます。
3. 使える支援制度(でも、ちょっと待って!)
女性の起業を応援するための支援制度は、年々充実してきています。でも、その利用には知っておくべき現実もあります。
国や自治体による支援
- お金の支援
日本政策金融公庫(JFC)は、女性向けの特別な低金利融資制度を用意しています。また、国や地方自治体も、様々な補助金や助成金(返済不要のお金)を提供しています。 - 人脈作り・相談相手
政府は「わたしの起業応援団」のような、女性起業家同士や支援者をつなぐネットワーク作りに力を入れています。
支援制度の「落とし穴」
- 知られていない・使いにくい
そもそも、多くの人がこうした制度の存在を知らなかったり、申請手続きが複雑で利用を諦めてしまったりするケースが少なくありません。 - 狭き門と厳しい審査
特に、返済しなくてよい補助金は人気が高く、競争が激しいのが現実です。採択されるには、客観的なデータに基づいた、実現可能性の高いしっかりとした事業計画書が不可欠です。 - 「起業した後」の支援が足りない
多くの支援が、事業を始める最初の段階に集中しており、事業が軌道に乗った後の「成長・拡大」フェーズを支える支援が手薄だという指摘もあります。 - 支援の質のバラツキ
残念ながら、支援の担当者が現場のことをよく分かっておらず、的外れなアドバイスしかくれなかったり、高圧的な態度を取られたりといった、がっかりするような経験談も聞かれます。
リアルストーリー:身近な女性創業者たちの挑戦
これまで分析してきたテーマを、もっと身近に感じてもらうために。
ここでは、誰もが知るような有名人ではなく、あなたと同じように悩み、奮闘しながら道を切り拓いてきた女性起業家たちのリアルな物語を紹介します。
彼女たちの歩みは、データだけでは見えてこない、起業の「なぜ?」と「どうやって?」を教えてくれるはずです。
1. 個人的な「痛み」を、社会を動かす「力」に変えた人たち
事例:坂梨 亜里咲さん(MEDERI株式会社)
- 起業のきっかけ
彼女のビジネスの原点は、自身が経験した7年にも及ぶ、精神的にも経済的にも過酷な不妊治療でした。年間300万円以上もの費用をかけ、心も体も疲れ果てる中で、本当に必要な情報やサポートが手軽に得られないという医療の課題を、身をもって感じたのです。 - どんなビジネス?
その強烈な原体験から、オンラインでピルを処方するサービス「mederi Pill」や、妊活をサポートする「mederi Baby」を立ち上げました。これは、彼女自身が感じた「痛み(ペインポイント)」を、まっすぐに解決するための事業です。 - 直面した壁
最初に作った製品がなかなか市場に受け入れられず、その後の資金調達にも苦労しました。彼女自身も、「フェムテックという分野は、お金を集めるのが難しい」という周りの声を痛感していたと言います。 - 突破口
エンジェル投資家や、実業家の前澤友作氏が立ち上げたファンドからの出資を得られたことが、大きな転機となりました。特に前澤氏との対話を通じて、事業のビジョンを鋭く磨き上げ、会社を存続させることができたのです。
彼女の物語は、深い個人的な経験を、テクノロジーを使って多くの人に届くビジネスへと昇華させた、不屈の精神の記録です。
2. 地域を愛し、人と人をつなぐコミュニティの創造者たち
事例:永岡 里菜さん(株式会社おてつたび)
- 起業のきっかけ
彼女の原点は、自身の故郷である三重県尾鷲市への深い愛情と、日本各地に存在する「すごく魅力的なのに、過疎化と人手不足に苦しんでいる」地域を目の当たりにした経験です。 - どんなビジネス?
もっと深い旅をしたい旅行者と、短い期間だけでも人手が欲しい地方の事業者(農家さんや旅館など)をつなぐプラットフォーム「おてつたび」を創設。旅行者の「旅費が高い」という悩みと、地域の「人手が足りない」という課題を、一気に解決する画期的なモデルです。 - リアルな道のり
会社を辞め、東京の家も引き払い、半年もの間、夜行バスで日本中を旅しながら、自分が解決したい課題を肌で感じ続けました。この「泥臭い」とも言える、一次情報を自分の足で集めるアプローチは、多くの起業を目指す人にとって、非常に共感できるポイントではないでしょうか。 - 直面した壁
最初は、保守的な地方の事業主さんからなかなか信頼してもらえず、100件アプローチしても1件しか興味を持ってもらえない、なんてことも。彼女はこの壁を、一件一件現地に足を運び、自らも作業を手伝うことで、地道な信頼関係を築き上げるという、極めて誠実な方法で乗り越えていきました。
また、リサーチ期間中は、貯金がどんどん減っていく焦りや、社会から取り残されたような孤独感とも戦っていたそうです。
3. 自分のキャリアは自分で作る!新たな道を切り拓く転換者たち
事例:大橋 わかさん(株式会社おうちデトックス)
- 起業のきっかけ
10年間看護師として働いた後、インテリア業界へ。しかしそこで、「雑誌に出てくるような“見せるため”の素敵なインテリア」と、「実際に生活する中で“維持できる”心地よいインテリア」との間にある大きなギャップに気づきます。そして、本当に快適な住まいのカギは、見た目だけでなく機能的な「収納」にあると確信したのです。 - どんなビジネス?
整理収納とインテリアの専門知識を組み合わせた、コンサルティングサービスを提供しています。 - リアルな道のり
30代後半から40代にかけて、まずはフリーランスとして活動をスタート。約7年間かけて、じっくりと顧客との信頼関係と実績を築いた後、47歳で会社(法人)を設立しました。
この、リスクを抑えながら着実に成長していくモデルは、多くの女性にとって現実的で、とても賢い戦略と言えるでしょう。 - 成功の秘訣
彼女の事業は、一人のカリスマ的な存在に頼るのではなく、資格を持つ専門家たちがチームを組んでサービスを提供しています。お客様の性格や悩みに合わせて、最適なアドバイザーを「マッチング」させることを大切にしており、個人プレーではなく、チームワークで成功を収めているのが大きな特徴です。
4. 「主婦」の経験が、ビジネスの最強の武器になる
複合事例
- アレルギー対応のパン職人
子どもの食物アレルギーをきっかけに、自宅でアレルギーフリーのパン作りをスタート。最初のファンは、同じ悩みを持つママ友たちです。
ここでの課題は、趣味の延長から一歩踏み出し、原価計算やマーケティングを学び、きちんと利益の出る「事業」へと成長させられるかどうかにあります。 - ハンドメイド作家
「メルカリ」や「BASE」といったプラットフォームを使って、手作りアクセサリーの販売を開始。初期投資は少なくて済みますが、数えきれないほどのライバルとの価格競争に直面します。「作ること」と「売ること」は全く別のスキルだと痛感し、適切な価格設定、生産体制の構築、そして自分のブランドをどう見せるかというブランディングに苦戦します。 - ブロガー・オンラインコーチ
育児や料理といった得意なことをテーマにブログを始めます。成功の鍵は、SEO(検索で上位に表示させる技術)やSNSマーケティングをマスターできるかにかかっています。
しかし、多くの人が、具体的な商品やサービスを作る前に、高額なセミナーに参加するだけで満足してしまう「キラキラ起業」の罠にはまり、成果が出ずに燃え尽きてしまうことも。
本当の課題は、集めた読者を、お金を払ってでも価値を感じてくれる「顧客」へと転換させることなのです。
おわりに
この記事では、日本の「女性の起業」が、単なるビジネス活動の一つではなく、社会の構造、文化、そして制度の課題が複雑に絡み合った、特別な現象であることを明らかにしてきました。
いかがでしたか?
最後に、これから起業を目指す方へ、現実と向き合うためのヒントです。
現実と向き合うための5つのヒント
- 壁があることを知り、備える
困難から目をそらさず、真正面から向き合いましょう。「夫ブロック」のような家庭内の壁に対しては、事業計画を具体的に示し、粘り強く対話を続けることが不可欠です。 - 小さく始めて、長く続ける視点を持つ
フリーランスや副業から始めるなど、リスクを抑えたスタートは、とても賢明な戦略です。情熱だけでは、ビジネスは続きません。 - 応援団を自分で作る
孤独は起業家にとって最大の敵です。相談できるメンターを積極的に探したり、女性起業家のコミュニティに参加したり、自ら支援の輪を築く努力が成功のカギを握ります。 - 数字と友達になる
基本的なお金の知識(財務リテラシー)は必須です。コストはいくらか、価格はどう決めるか、どうやって利益を出すのか。自分のビジネスを数字で語れるようになりましょう。 - 自分を信じ、堂々と主張する
資金調達の場などでは、無意識の偏見に直面することを覚悟しましょう。性別を理由にした否定的な評価に心を折られることなく、自分の事業の価値と能力を堂々と主張することが大切です。
私たちソエルコトにお手伝いできることがあれば、いつでもお声がけください。