※税務実務では個別事情により判断が分かれる論点も多いため、専門家への相談を前提としてご覧ください
はじめに:社長のあなたへ。会社の経費、正しく理解していますか?
一人社長として会社を経営する。それは、誰にも縛られない自由と、すべてを自分で決められる大きな裁量権を手に入れるということです。しかし、その大きな力には、「会社のお金を正しく管理する」という、とても大切な責任がついてきます。
会社の「一人社長 経費」をきちんと理解し、上手に扱うことは、ただの事務作業ではありません。会社の利益をしっかり確保し、思わぬ税金のリスクを避け、会社をぐんぐん成長させるための、社長にしかできない重要な経営戦略なのです。
この記事でお伝えしたい、法人経費におけるたった一つの黄金ルール。それは、「その支払いは、会社の売上を伸ばすために本当に必要だったか?」を、誰が見ても納得できるように説明できるか、という点です。
社長は、会社のお金を使う大きな権限を持つと同時に、その使い道が正しかったことを証明する最終責任者でもあるのです。
- 個人事業主時代とは何が違うのか?
- 「これって経費になるの?」と迷いがちなグレーゾーンの判断基準は?
- 税務調査で慌てないための具体的な対策は?
まず、個人事業主との決定的な違いをスッキリさせ、法人だからこそ使える節税のメリットを解説します。
次に、経費にできるものを網羅的にリストアップし、日々の判断に迷わないための基準をあなたの頭の中にインストールします。
そして、多くの社長が頭を悩ませる「交際費」「飲食代」「家賃や携帯代の按分」といった、税務署も厳しくチェックするポイントに深く踏み込み、具体的な対策を伝授します。
もちろん、絶対に経費にできない項目の確認も忘れずに行い、うっかりミスを防ぎます。
この記事を読み終える頃には、あなたは自社の経費を自信を持ってコントロールし、会社の成長を加速させるための強力な武器に変えることができるはずです。
さあ、経理の不安から解放され、社長が本当に集中すべき事業活動に全力を注ぐための第一歩を踏み出しましょう。
個人事業主とはココが違う!法人化で広がる「経費」の世界
法人を設立した瞬間、あなたと会社のお金の関係はガラリと変わります。個人事業主のときは「事業の利益=あなたの所得」でしたが、法人では「会社」と「あなた」は法律上、別人格として扱われます。
この違いが、経費の考え方、そして節税戦略に大きなインパクトを与えるのです。法人化がもたらす経費のメリットと、それに伴う新しいコスト。この両方を理解することが、社長としてのスタートラインです。
1. 最大のゲームチェンジャー:あなたの給料(役員報酬)が会社の経費になる
個人事業主と法人の違いで、最もインパクトが大きいのが、社長自身の給料の扱いです。
- 根本的な違い
個人事業主には「給料」という考え方はありません。事業で稼いだ利益は、すべて事業主個人のもの。だから、自分に給料を払って経費にすることはできません。ところが、法人になると、社長は会社から給料(役員報酬)をもらう「役員」という立場になります。そして、この役員報酬は、会社の経費として計上できるのです。これは多くの場合、会社にとって最も大きな経費となり、法人税の計算を根本から変えるほどのパワーを持っています。 - 戦略的な意味合い
役員報酬を経費にできるということは、会社の利益と個人の所得をはっきりと分けられるということです。これにより、「所得を個人と法人にうまく分散させて、トータルで支払う税金を最も安くする」という、高度なタックスプランニングが可能になります。ただし、この強力な節税ツールには厳しいルールがありますので、詳しくは後ほど解説します。
2. 広がる経費の地平線:法人だからこそ認められる経費たち
法人格を持つことで、個人事業主では難しかった、新しい経費計上の道が開けます。
- 社宅
会社が賃貸物件を契約し、それを社長に「社宅」として貸し出すことで、家賃の大部分を会社の経費にできます。個人事業主が自宅家賃の一部を按分するよりも、はるかに大きな節税効果が期待できる、法人ならではの強力なメリットです。
※賃貸借契約は必ず法人名義で締結、家賃支払いも法人が直接実施
※国税庁計算式に基づく適正な使用料徴収が必要
※豪華社宅判定基準(床面積240㎡超)への注意 - 出張日当
「出張旅費規程」という社内ルールをきちんと作っておけば、社長が出張するたびに、会社は非課税の「日当」を支払うことができます。この日当は、会社にとっては全額経費(旅費交通費)になり、受け取る社長個人にとっては所得税がかからないお小遣いのようなもの。これは見過ごされがちですが、非常に効果的な節税策です。 - 生命保険料
会社が契約者となって、一定の条件を満たす生命保険(定期保険など)に入ると、支払う保険料の全部または一部を経費にできます。これは、将来の退職金の準備などを、税金を引かれる前の資金で効率よく行うことができる戦略的なテクニックです。 - 通勤手当やその他の手当
個人事業主は自分に通勤手当を払えませんが、法人は社長に通勤手当を支給でき、これは会社の経費になり、社長個人も一定額まで非課税で受け取れます。
3. コインの裏側:知っておくべき新たなコストと責任
経費にできる範囲が広がるのは大きな魅力ですが、それと引き換えに、避けられないコストや手続きの複雑さも増えます。このトレードオフを理解しておくことが、とても重要です。
役員報酬が経費になるという最大のメリットは、同時に社会保険(健康保険・厚生年金)への強制加入という義務を生みます。
保険料は会社と個人で半分ずつ負担しますが、一人社長の場合は実質的に全額を自分で負担することになり、国民健康保険・国民年金だった個人事業主時代に比べて、負担が大きく増えることがほとんどです。
さらに、法人はたとえ赤字でも支払わなければならない法人住民税の均等割という税金があります。これは利益がゼロでも発生する固定費で、赤字なら税金がかからない個人事業主との大きな違いです。
加えて、法人の決算は個人事業主の確定申告よりはるかに複雑。税理士への依頼がほぼ必須となり、その顧問料も新たなコストになります。会社の設立自体にも、登録免許税などの初期費用がかかります。
つまり、法人化は「経費にできるものが増えてラッキー」という単純な話ではなく、「コストは増えるけれど、より大きなリターンを狙える経営スタイルへの戦略的なステップアップ」だと考えるべきなのです。
表1:【一目瞭然】法人 vs 個人事業主 経費のここが違う!
項目 | 法人(一人社長)の取扱い | 個人事業主の取扱い | ここがポイント! |
経営者の給与 | 役員報酬として経費(損金)にできる | 経費にできない(利益がそのまま所得) | 法人税と所得税、両方のバランスを見て戦略的に給与額を決めることが重要。 |
生命保険料 | 条件を満たせば保険料の全部または一部を経費にできる | 経費にできない(個人の生命保険料控除の対象) | これは「節税」ではなく税金の支払いを先延ばしにする「繰延べ」。退職金などの出口戦略がカギ。 |
自宅兼事務所の家賃 | 社宅制度を使えば、家賃の大部分を経費にできる可能性がある | 家事按分で、仕事で使う割合だけを経費に | 社宅制度は有利ですが、適切な契約と家賃設定が必須。 ※賃貸借契約は必ず法人名義で締結、家賃支払いも法人が直接実施 |
出張日当 | 出張旅費規程を作れば、非課税で支給可能。会社は経費にできる | 経費にできない(自分に日当は払えない) | 事前にルール(規程)を作ることが絶対条件。社長個人に直接的な非課税メリットあり。 |
社会保険料 | 強制加入。会社負担分は経費(法定福利費)になる | 原則、国保・国民年金に加入。社会保険の加入義務なし | 法人化で最もコストが増える要因の一つ。給料(役員報酬)の額に応じて負担も増える。 |
赤字の繰越期間 | 最大10年間、将来の黒字と相殺できる | 最大3年間(青色申告の場合) | 大きな設備投資などで初期に赤字が出そうな事業では法人が有利。 |
【保存版】一人社長の経費にできるもの一覧:勘定科目別・完全チェックリスト
経費を判断するときの基本に立ち返りましょう。
常に自分に問いかけるべきは、この一言です。「この支払いは、会社の売上を上げるために必要だったか?」
この大原則にもとづいて、一人社長が日常的に出会う、比較的判断しやすい経費項目を「一人社長の経費 一覧」として勘定科目ごとに網羅的に解説します。
一人社長の経費 一覧
地代家賃
- どんなもの?
事務所、店舗、倉庫、月極駐車場などの家賃です。バーチャルオフィスやコワーキングスペースの利用料、礼金(20万円未満)や更新料もここに含まれます。 - 一人社長のポイント
自宅を事務所として使っている場合は、全額ではなく「家事按分」という計算が必要です。詳しくは後ほどじっくり解説します。
租税公課
- どんなもの?
事業に関係する税金や公的な会費など。固定資産税、自動車税、不動産取得税、登録免許税、収入印紙代が代表例です。商工会議所や同業者組合の会費もここに入ります。 - 一人社長のポイント
法人税、法人住民税、あなたの所得税、そして延滞税や罰金は経費になりません。これは絶対に間違えてはいけない最重要ポイントです!
水道光熱費
- どんなもの?
事務所や店舗で仕事のために使った電気、ガス、水道、灯油などの料金です。 - 一人社長のポイント
自宅兼事務所の場合、これも「家事按分」の対象です。仕事で使った分だけを、合理的な方法で計算して経費にします。
通信費
- どんなもの?
仕事に必要な通信に関する費用すべて。固定電話・携帯電話の料金、インターネット代、切手・ハガキ代、宅配便の送料、レンタルサーバー代、クラウドサービスの月額料金などが含まれます。 - 一人社長のポイント
自宅兼事務所の場合のインターネット代、個人の携帯電話を仕事でも使っているなら、プライベートで使った分を分けて「家事按分」する必要があります。
旅費交通費
- どんなもの?
仕事での移動や出張にかかる費用です。電車、バス、タクシー代、飛行機代、高速道路料金、出張先の駐車場代、ホテル代などがこれにあたります。 - 一人社長のポイント
この科目は「出張日当」という超強力な節税テクニックと深く関わっています。その戦略的な使い方は後ほど詳しくお伝えします。
広告宣伝費
- どんなもの?
自社の商品やサービス、会社そのものを多くの人に知ってもらうための費用。Web広告、SNS広告、チラシやパンフレットの制作・印刷費、ウェブサイト制作費、展示会への出展料、社名入りカレンダーなどのノベルティグッズ制作費がこれです。
消耗品費
- どんなもの?
1年以内に使い切るか、値段が10万円未満のモノを買ったときの費用。文房具、コピー用紙、インク、USBメモリ、名刺、掃除道具、そして10万円未満のパソコンやプリンターもここに含まれます。 - 一人社長のポイント
10万円以上のものは「減価償却資産」という扱いになり、一度に全額を経費にはできません。
減価償却費
- どんなもの?
10万円以上の資産(パソコン、機械、社用車、建物など)を買ったときに、その費用を法律で決められた年数(法定耐用年数)にわたって分割して経費にしていく会計処理のことです。毎年少しずつ経費にしていくイメージですね。例えば、新品の普通自動車なら6年かけて経費にします。
荷造運賃
- どんなもの?
商品を発送するときの費用です。梱包に使う段ボール、プチプチ(緩衝材)、ガムテープなどの材料費と、宅配便や郵便の送料が含まれます。
修繕費
- どんなもの?
仕事で使う資産(建物、機械、備品、車など)を維持したり、壊れたときに元通りに直したりするための費用。パソコンの修理代や、オフィスの壁紙の張り替えなどが例です。 - 一人社長のポイント
ただの修理ではなく、性能をアップさせるような改良(資本的支出)は修繕費にならず、資産として計上し減価償却の対象になることがあります。判断が難しいときは専門家に相談しましょう。
新聞図書費
- どんなもの?
仕事に必要な情報を手に入れるための費用。業界新聞や専門雑誌、ビジネス書、有料のWebサイトやメールマガジンの購読料などがこれにあたります。
福利厚生費
- どんなもの?
従業員の働きやすい環境を作ったり、慰労したりするための費用。健康診断費用、忘年会や新年会、お祝い金やお見舞金などが含まれます。 - 一人社長のポイント
一人社長の場合、従業員がいないため、この科目が使える場面は非常に限られます。社長自身の食事や旅行は福利厚生費にはなりません。
よくある質問として「一人社長の健康診断費用は経費にできますか?」と聞かれますが、これも社長個人のための支出とみなされ、会社の経費(福利厚生費)にはなりません 。一人社長の健康診断費用は経費計上できません。ただし、従業員を雇用した場合は、全従業員を対象とする健康診断費用は福利厚生費として認められます。
支払手数料
- どんなもの?
銀行の振込手数料や、法人クレジットカードの年会費など、サービス利用時に支払う手数料です。
雑費
- どんなもの?
他のどの科目にも当てはまらない、少額でたまにしか発生しない費用。ゴミの処理手数料、単発の機材レンタル料、事務所の引越し費用などが例です。 - 一人社長のポイント
雑費は便利な科目ですが、あまりに使いすぎると「何に使ったお金かよくわからない」と税務調査で詳しく聞かれる可能性があります。金額が大きくなったり、定期的だったりする支出は、ちゃんとした勘定科目を設定するのがおすすめです。
税務調査で狙われる!交際費・食事代・家事按分のグレーゾーン完全攻略
経費精算で、社長が一番頭を悩ませるのが「これって経費でいいの?」と迷う「グレーゾーン」の存在です。
これらの経費は白黒ハッキリしにくく、税務調査でも特に厳しくチェックされる項目です。
この章では、そんなグレーゾーンの経費に対する税務署の考え方を理解し、自信を持って処理するための具体的な知識とテクニックを徹底解説します。
この章を貫く大原則は「証明する責任は、社長にある」ということです。グレーゾーンの経費について、税務署はまず「これって、社長個人のプライベートな支出じゃないの?」という目で見てきます。その支出が「仕事に絶対必要だったんです!」と客観的な証拠で証明する責任は、全面的に社長自身にあるのです。
経費として認められない最大の理由は、支出の種類そのものではなく、仕事との関連性を示す「証拠」が足りないからです。
この章は、その「証拠」をどうやって作り、鉄壁の守りを築くかのための作戦マニュアルです。
1. 交際費:最も厳しく見られる経費の王様
交際費は、税務調査で最も議論になりやすい、まさに経費の王様。だからこそ、正しい知識で武装し、適切に処理することが社長の腕の見せ所です。
3つの費用を正しく見分ける!
まず、飲食が絡む費用を、次の3つに正しく分類するスキルを身につけましょう。
- 交際費
取引先や仕入先など、事業に関係のある人をもてなしたり、プレゼントを贈ったりするための支出です。得意先との会食や接待ゴルフ、お中元・お歳暮などが典型例。経費にできる金額には上限があります。 - 会議費
仕事の打ち合わせや会議に関連して発生する費用です。会議室のレンタル料や、会議中のお弁当・お茶代などがこれにあたります。交際費のような上限はありません。 - 福利厚生費
従業員の慰労や働きやすさ向上のための費用です。全従業員が対象の忘年会などがこれにあたりますが、一人社長の場合、従業員がいないため、社長一人の飲食をこの科目で処理することはできません。
中小企業の特例を使いこなす(資本金1億円以下の場合)
一人社長の多くが当てはまる中小企業には、交際費を経費にする際に、どちらか有利な方を選べる特例があります。
- 選択肢A:年間800万円まで全額OK!
年間の交際費のうち、800万円までの全額を経費にできます。 - 選択肢B:飲食代の半分をOKに!
交際費のうち、社外の人との飲食に使った「接待飲食費」の50%を経費にできます。
賢い選択はどっち?
どちらが有利かは、年間の接待飲食費の額によります。接待飲食費が1,600万円(800万÷50%=1,600万)を超えない限り、選択肢Aの「年間800万円まで」の方が有利です。
ほとんどの一人社長にとっては、年間800万円の定額控除枠が、まず考えるべき選択肢となるでしょう 。
2024年の超重要ルール変更:1人あたり「1万円」基準
令和6年度の税制改正で、交際費のルールが大きく変わりました。これはすべての社長が絶対に知っておくべき重要ポイントです。
- 新ルール
2024年4月1日以降に支払う飲食費について、1人あたりの金額が10,000円以下であれば、その費用は税法上の「交際費」ではなく、「会議費」として全額を経費にできます。
※特例適用期限は2027年3月31日まで(2025年記事執筆時点) - 落とし穴:メモがないと水の泡!
この特例は、領収書があるだけでは適用されません。以下の事項を記録した書類(領収書の裏へのメモ書きや、経費精算システムへの入力でOK)を保存することが法律で義務付けられています。これがなければ、せっかくの特例が使えなくなってしまいます。
1. 飲食した年月日
2. 参加した相手の会社名と氏名、そして関係性(例:〇〇株式会社 △△様、取引先)
3. 参加した人数
4. かかった費用、お店の名前と住所 - 失敗事例:たった一行のメモを忘れた悲劇
田中社長は、取引先1名と夕食へ。会計は2名で18,000円(1人9,000円)でした。田中社長は領収書をもらいましたが、忙しくて相手の名前をメモし忘れてしまいました。後日の税務調査で、調査官から「参加者が不明なので1万円基準は使えません。これは会議費ではなく交際費ですね」と指摘される。
2. 社長のランチ代:私の食事は経費にできる?
これは、社長が抱く最も素朴で、そして最も重要な疑問の一つです。結論から言うと、答えは「ノー」です。
- 明確な「NO」:社長一人の食事は経費にならない
社長が一人で食べるランチや、家族・友人と行く食事は、仕事とは関係のない個人的な生活費とみなされ、経費として計上することはできません。これは経費精算の基本中の基本であり、最もよくある間違いです。税務調査官は、社長個人の食事代が経費に紛れ込んでいないか、鋭い目でチェックしています。 - 「一人会議」という言い訳は通用しない
「カフェで一人、事業の構想を練りながら食事をしたから、これは一人会議だ」という主張は、残念ながら税務上は通用しません。会議とは、複数の人が集まって話し合うことが前提だからです。 - 経費にできる、ただし「証明」が命のシナリオ
取材費: レストランコンサルタントやグルメブロガーが、記事作成のためにレストランで食事をする場合、その食事代は「取材費」として経費にできます。ただし、その証拠として、詳細な調査レポートや公開された記事などが絶対に必要です。
仕事場所としてのカフェ利用: 取引先とのアポの合間に、作業場所としてカフェを利用することはOKです。この場合、仕事が主目的なので、コーヒー1杯程度の費用は「雑費」や「会議費」として経費にできます。しかし、あくまで主目的は仕事であり、食事そのものではありません。 - 失敗事例:近所のカフェでの安易な経費計上
鈴木社長は自宅兼事務所で働いています。気分転換に近所のカフェでランチをとりながらPC作業をすることが多く、その飲食代をすべて「会議費」としていました。
税務調査で、調査官は同じカフェの領収書が大量にあることに気づき、「特定の相手との打ち合わせ記録もなく、自宅近くで頻繁に食事をされていますが、これは仕事の経費ではなく、社長個人の生活費ですよね?」と指摘。鈴木社長は反論できず、これらの経費はすべて否認され、追加の税金とペナルティを支払うはめになりました。
3. 家事按分:仕事とプライベートを合理的に分ける魔法の計算
一つの支払いが、仕事用とプライベート用の両方の目的を持つ費用(家事関連費)の場合、その中から仕事で使った分だけを抜き出して経費にする会計テクニックを「家事按分(かじあんぶん)」と呼びます。
この按分計算は、誰が見ても客観的で、合理的で、かつ毎回同じ基準で行う必要があります。
自宅兼事務所の家賃・水道光熱費(地代家賃・水道光熱費)
- 方法1
面積で分ける最も一般的で、税務署にも説明しやすい基準です。- 計算式:仕事で使う部屋の面積(㎡)÷家全体の面積(㎡)=仕事で使っている割合(%)
- 具体例:家全体が80㎡で、1部屋(15㎡)を完全に仕事部屋として使っている場合。仕事で使っている割合は 15÷80=18.75%。月の家賃が20万円なら、200,000円×18.75%=37,500円 が毎月の経費になります。
- 方法2
時間で分ける電気代など、面積で分けにくい費用に使えます。- 計算式:1週間の仕事時間÷1週間の総時間(168時間)=仕事で使っている割合(%)
- 具体例:週5日、1日8時間仕事をしている場合。40時間÷168時間≈23.8%。月の電気代が15,000円なら、15,000円×23.8%=3,570円 が経費になります。
- 「それって、やりすぎじゃない?」と思われないこと
計算式はあくまで根拠ですが、最終的な割合が常識的に見て「合理的」でなければなりません。家族と暮らすリビングの隅で仕事をしているのに、家賃の70%を経費にするのは、税務調査で否認されるリスクが非常に高いです。一般的に、自宅兼事務所の家賃の按分比率は20%~40%程度が妥当な範囲とされています。
個人所有の自動車の業務利用(車両費)
- 按分方法:走行距離で分けるのがベスト
走行距離で分けるのが最も客観的で説得力があります。- 計算式(走行距離基準):月間の仕事での走行距離(km)÷月間の総走行距離(km)=仕事で使っている割合(%)
- 絶対にやること:按分の根拠として、運転日報(いつ、どこへ、何の目的で、何km走ったか)を記録・保管することが何よりも重要です。
- 経費にできる項目
計算した事業使用割合を、減価償却費、ガソリン代、自動車保険料、自動車税、車検代、修理代など、車に関するあらゆる費用に掛けて経費額を計算します。 - 注意点
経費にできるのは、原則として社長本人名義(または生計を共にする家族名義)の車だけです 。税金の処理をスッキリさせるためには、会社名義で車を買い、仕事専用車として100%経費にする方がクリーンな場合もあります。 - 成功事例
コンサルタントの伊藤社長は、クライアント訪問に自家用車を使っています。彼女はスマホアプリを使い、仕事で車に乗るたびに「日付、訪問先、目的、出発時と到着時のメーター距離」を記録する習慣をつけました。月末に、アプリが集計した総走行距離と業務走行距離から、その月の事業使用割合(例:65%)を算出。その割合をガソリン代や駐車場代の合計額に掛けて経費精算書を作成します。この簡単な習慣で、伊藤社長は曖昧だった車両費を、誰が見ても納得できる、正当な経費へと変えることができたのです。
個人の携帯電話・インターネット回線(通信費)
- 按分方法:使った日数や時間で分ける
- 具体例:平日の5日間を仕事で使い、土日はプライベートのみ、という場合、「5/7」を事業使用割合とするのは合理的な基準の一つです 。
- 通話履歴やデータ使用量から、より実態に近い割合を計算できれば、さらに強力な証拠になります。
4. 出張旅費と日当:知らなきゃ損する節税の裏ワザ
出張旅費は、ただかかった費用を精算するだけではありません。「規程を作る」という事前のひと手間を加えるだけで、他の経費にはない特別な節税メリットを生み出せる、戦略的なエリアです。
出張には、交通費や宿泊費といった実費のほかに、食事代などの細々とした費用がかかります。交通費や宿泊費は領収書をもとに精算するのが基本です。しかし、問題は食事代。先ほど説明した通り、個人の食事は原則経費になりません。この問題をスマートに解決するのが「出張旅費規程」と「日当」の活用です。
一人社長でも法人であれば出張旅費規程の作成・適用が可能
※所得税基本通達9-3に基づく「通常必要と認められる」範囲での支給が必要
※将来の従業員雇用を前提とした規程整備が望ましい
会社として正式な「出張旅費規程」を作り、その中で「日当」の支給額を決めておけば、会社は出張日数に応じて社長に一定額の現金を支給できます。この日当は、会社にとっては全額が経費(旅費交通費)になります。
そして最も重要なのは、受け取った社長個人にとっては所得税・住民税がかからない非課税所得になることです。これにより、出張中の食事代の領収書を一枚一枚集める必要がなくなり、かつ社長は合法的に非課税のお金を受け取れるのです。これは、後から経費精算するのではなく、事前にルールを作ることで生まれる、まさに「知る人ぞ知る」節税テクニックです。
- ステップ1
『出張旅費規程』という社内ルールを作るこれは正式な会社のルールブックです。将来、従業員を雇うことも考えて、役職ごとの支給額を設定しておきましょう。今は社長一人でも、この規程があることが適用の大前提です。記事の最後にシンプルな雛形を載せておきます。 - ステップ2
「出張」の定義を決める規程の中で、どんな移動を「出張」と呼ぶかを明確に定義します。例えば、「本社から片道100km以上の場所への業務渡航」といった基準を設けます。 - ステップ3
「常識的な範囲で」支給額を決める日当や宿泊費の金額は、常識から外れない「社会通念上相当な金額」である必要があります。同業他社や同じくらいの規模の会社の水準を参考に設定することが、税務調査で「やりすぎでは?」と指摘されるリスクを避ける上で重要です。
日当(にっとう): 出張中の食事代や雑費にあてるもの。社長の場合、国内出張で1日あたり2,000円~5,000円程度が一般的な相場です。
宿泊費(しゅくはくひ): 1泊あたりの宿泊費として定額を支給します。社長の場合、1泊あたり10,000円~15,000円程度が相場です。もし、この定額より安いホテルに泊まった場合、差額は社長が受け取ることができ、これも非課税所得になります。
表2:出張旅費規程の支給額サンプル(国内出張)
役職 | 日当(日帰り) | 日当(宿泊) | 宿泊費(1泊あたり上限) |
社長(代表取締役) | 4,000円 | 4,500円 | 15,000円 |
(将来の)役員・部長クラス | 3,000円 | 3,500円 | 12,000円 |
(将来の)一般社員 | 2,000円 | 2,500円 | 10,000円 |
- 成功事例:ルール作りが生んだWin-Win
中村社長は、出張旅費規程を作り、自身の日当を4,000円、宿泊費を1泊12,000円と定めました。先日、2泊3日の大阪出張へ。会社は中村社長に日当として3日分、合計12,000円を非課税で支給しました。
中村社長は、予約サイトで1泊9,000円のホテルを見つけ、2泊分18,000円を法人カードで支払いました。結果、会社は日当12,000円と宿泊費18,000円の合計30,000円を旅費交通費として経費にできました。
一方、中村社長は非課税の日当12,000円で出張中の食事を済ませ、さらに宿泊費の差額((12,000円 – 9,000円) x 2泊 = 6,000円)も非課税で手元に残すことができました。
これは、適切なルール作りによって実現した、会社と個人の両方にとってハッピーな結果です。
年に一度の重要ミッション!役員報酬・スーツ代・生命保険の賢い決め方
日々の経費精算とは別に、一人社長には年に一度、あるいは数年に一度、会社の財務に大きな影響を与える戦略的な決断が求められます。ここでは、その中でも特に重要な「役員報酬」「スーツ代」「生命保険」の3つのテーマについて、そのルールと賢い考え方を深く掘り下げていきましょう。
1. 自分の給料(役員報酬)を決める:最重要のバランスゲーム
役員報酬をいくらにするか。これは、一人社長にとって年に一度の最も重要な財務上の決断です。単に自分の給料を決めるだけでなく、会社の利益と税金をコントロールする、非常に戦略的な行為なのです。
経費として認められる3つのルール
役員報酬が会社の経費として認められるためには、以下のいずれかの形である必要があります。一人社長の場合は、基本的に1番目の「定期同額給与」がすべてだと考えてください。
- 定期同額給与
毎月、決まった日に、決まった金額を支払う給与のことです。会社の利益が出たからといって、勝手に金額を変えることはできません。一人社長の給料は、この形が絶対の基本です。 - 事前確定届出給与
いわゆる「役員ボーナス」を出す場合の方法です。支払う金額と日付を事前に株主総会で決め、税務署に届け出る必要があります。もし利益が出なくても届け出た通りに支払わないと経費にできないため、利益予測が難しい一人社長にはリスクが高く、あまり使われません。
※事前確定届出給与の届出期限は「株主総会決議日から1ヶ月以内」または「事業年度開始日から4ヶ月以内(確定申告書提出期限延長法人は5ヶ月)」のいずれか早い日 - 業績連動給与
会社の利益などに連動して支払う給与ですが、ルールが非常に複雑で、上場企業などが対象です。一人社長には関係ありません。
鉄則!「3ヶ月ルール」
役員報酬の金額は、事業年度が始まってから3ヶ月以内に決めなければなりません。
株主総会(一人社長の場合は自分で議事録を作成します)で決定し、その事業年度中は原則としてその金額を変えられません。
この期間を過ぎてから金額を変えると、その変更した部分は原則として経費にできなくなります(会社の経営が著しく悪化した場合などを除く) 。
- 「もらいすぎ」のリスク
役員報酬の金額は、不相当に高すぎてはいけません。税務署は、社長の仕事内容、会社の利益状況、そして同じような業種・規模の他社の役員報酬などを総合的に見て、その金額が妥当かを判断します 。もし「高すぎる」と判断されると、その高すぎる部分は経費として認められず、法人税がかかってしまいます。 - どうやって決めるのがベスト?
役員報酬の設定は、その年の利益を予測する行為そのものです。高くしすぎると会社の資金繰りが苦しくなったり、「もらいすぎ」と判断されるリスクがあります。
逆に低くしすぎると、会社に利益が多く残り、高い法人税がかかります。個人の所得税・住民税・社会保険料と、法人の法人税・事業税の合計額が一番少なくなる「スイートスポット」を見つけることが目標です。
これは専門的な知識が必要なので、税理士と相談しながら決めるべき最重要事項と言えるでしょう 。
2. スーツのジレンマ:仕事で着る服でも経費にできない
ビジネスの戦闘服ともいえるスーツ。これを会社の経費で買えたら…と考えるのは自然なことです。しかし、税務上の答えは、残念ながら非常に厳しいものです。
- 結論:原則として「NO」
過去の裁判例などから、税務署は一貫して「スーツ代は個人的な支出であり、経費にはならない」という立場をとっています。その最大の理由は、プライベート(例えば友人の結婚式など)でも着ることが可能だからです。たとえ本人が「仕事でしか着ない!」と心に決めていても、客観的に見て私的にも使える可能性を否定できないため、経費として認められにくいのです。 - 「制服」とは違う
会社のロゴが入った作業着や制服は、プライベートで着ることがまずないため、経費として認められます。しかし、スーツは個人の体型や好みが強く反映されるものであり、「制服」とは見なされません。 - ハイリスクな例外
理論上は、家事按分の考え方を使い、「このスーツは週5日仕事で使い、プライベートでは使わない」と主張して、使った割合に応じて経費にすることも考えられます。しかし、その使用実態を客観的に証明するのは非常に難しく、税務調査で最も指摘されやすいポイントの一つです。
合理的な説明ができなければ否認される可能性が非常に高く、ほとんどの社長にとって、このリスクを冒す価値は低いと言えるでしょう。
3. 生命保険の戦略的活用
会社で入る生命保険は、万が一の保障だけでなく、会社の財務戦略の一部として賢く活用することができます。
- 法人契約のメリット
会社が契約者となり、社長を被保険者として生命保険に加入すると、支払う保険料の一部または全部を経費にすることができます。 - 2019年のルール変更
かつては貯蓄性の高い保険でも保険料の多くを経費にできましたが、2019年のルール改正でその扱いは大きく変わりました。現在、経費にできる割合は、その保険の「最高解約返戻率(さいこうかいやくへんれいりつ)」によって決まります。
簡単に言うと、貯蓄性が高い(将来たくさんお金が戻ってくる)保険ほど、契約当初に経費にできる割合は低くなります。
表3:生命保険料(定期保険)の経費算入ルールのざっくり早見表
最高解約返戻率 | 契約初期の経費算入割合(ざっくり) |
50%以下 | 100%(全額経費) |
50%超 ~ 70%以下 | 60% |
70%超 ~ 85%以下 | 40% |
85%超 | 10% ~ 30%程度(期間による) |
※年換算保険料30万円以下の例外規定あり(50%超70%以下でも全額損金算入)
※施行時期は2019年7月8日以後の新規契約から適用
賢い考え方:税金の「繰延べ」ツール
生命保険料の経費算入は、税金が消えてなくなる「節税」ではなく、税金の支払いを将来に先送りする「税の繰延べ」だと理解することが非常に重要です。
保険料を払っている間は経費になるので法人税が安くなりますが、将来、保険を解約してお金を受け取ったり、死亡保険金を受け取ったりした際には、そのお金は会社の利益として課税されます。
したがって、この戦略が最も輝くのは、将来の大きな支出、特に社長の退職金の支払いにタイミングを合わせるケースです。
退職金は会社にとって大きな経費となり、受け取る社長個人にとっても税制上優遇されているため、保険の解約金による利益とぶつけることで、効果的な出口戦略を描くことができるのです。
これはNG!絶対に経費にしてはいけない支出リスト
経費にできるものを知るのと同じくらい、「何が絶対に経費にならないか」をはっきり知っておくことは、意図しない不正や税務調査での手痛い指摘を避けるために不可欠です。
以下は、一人社長が特に気をつけたい「レッドライン」のリストです。
- 事業にまったく関係ない支出
これが最も基本的で、最もやってはいけないことです。社長個人の趣味の道具、家族との旅行や外食、友人との飲み会など、会社の売上アップに一切関係のない支出は、当然ながら経費になりません。たとえ会社の口座から支払ったとしても、それは経費ではなく、社長へのボーナス(役員賞与)とみなされ、法人税と所得税の両方で追徴課税される最悪のパターンにつながります。 - 法人税・法人住民税
会社が納める法人税や法人住民税は、会社の利益に対してかかる税金であり、事業活動に必要な費用ではないため、経費(損金)にはできません。注意!:法人事業税は、事業そのものにかかる税金なので、経費として計上できます。この違いはしっかり覚えておきましょう。 - 社長個人の税金や罰金
社長個人の所得税や住民税は、言うまでもなく会社の経費にはなりません。また、交通違反の反則金や、税金の延滞税、加算税といったペナルティ的な性質を持つ支払いも、経費として認められていません。 - 借金の元本返済
銀行などから借りたお金を返すとき、そのうちの元本部分は経費にはなりません。これは「負債」が減っただけで、「費用」ではないからです。ただし、返済額に含まれる利息部分(支払利息)は、事業資金を借りるためのコストとして、全額経費にできます。 - 社長個人の社会保険料や医療費
社長個人が支払う国民健康保険料や国民年金保険料、あるいは個人の医療費、人間ドックの費用などは会社の経費にはなりません。これらは個人の確定申告で社会保険料控除や医療費控除の対象となるものです。注意!:会社が負担する役員の社会保険料(厚生年金・健康保険)の会社負担分は「法定福利費」として会社の経費になります。 - ルール違反の役員報酬
先ほど詳しく説明した通り、事業年度の途中で勝手に増やした役員報酬の増額分や、同業他社と比べて高すぎると判断された部分などは、経費として認められません。 - 使っていない消耗品や売れ残った在庫
消耗品費は、買ったときではなく、仕事で使ったときに経費になるのが原則です。決算間際に節税目的で大量の文房具を買い込んでも、使っていない分は資産(貯蔵品)として扱われ、その期の経費にはなりません。
同様に、商品の仕入れ代金は、その商品が売れたときに「売上原価」という経費になります。期末に残っている在庫は、まだ費用になっていない資産なのです。
会社の財務を守り抜くための実践テクニック
経費のルールを理解し、正しく処理することは守りの基本です。しかし、本当に安心して経営に集中するためには、さらに一歩進んで、税務リスクを積極的に管理し、会社の財務基盤を盤石にするための「攻めの姿勢」が求められます。
この最終章では、長期的な安心と成長を手に入れるための具体的な方法を解説します。
1. 税務調査官はココを見ている!警戒されるレッドフラッグを避ける
税務調査とは、あなたの会社の財務状況という「物語」が、スジが通っていて一貫性があるかをチェックするプロセスです。調査官は、国税庁の巨大なデータベース(KSKシステム)などを使い、おかしな数字や矛盾点、つまり物語の「ほころび」を探します。
社長の目標は、この物語を常に合理的で、証拠に裏付けられたものにしておくことです。
調査の引き金になりやすいポイント
- 利益や経費の急な変動
売上は変わらないのに、利益が急に減ったり、特定の経費が前年より異常に増えたりすると、「何か特別なことがあったのでは?」と注目されます 。 - 同業他社との比較
同じくらいの売上規模の同業他社と比べて、交際費や広告宣伝費などの割合が著しく高いと、個人的な支出が混じっているのではと疑われます。 - 交際費や旅費交通費が多すぎる
社長の裁量でコントロールしやすいこれらの経費は、私的流用の温床と見なされやすいため、金額が大きいと重点的にチェックされます。 - 社長の自宅近くでの経費利用
特に飲食費で、社長の自宅近くのお店の領収書が頻繁に出てくると、プライベートな食事ではないかと疑われる典型的なパターンです。 - 現金商売
現金でのやり取りが中心のビジネスは、売上をごまかしやすいと見なされるため、調査対象になりやすい傾向があります。 - 消費税の申告
2023年10月に始まったインボイス制度への対応が不適切だったり、申告内容に矛盾があったりする場合も、調査のきっかけになり得ます。
2. テクノロジーを味方に!あなたのデジタル防衛網
現代の経理は、テクノロジーの活用が当たり前です。適切なツールを導入することは、単に楽をするためだけでなく、強力な税務リスク対策になります。
クラウド会計ソフト(freee、マネーフォワード クラウドなど)
もはや一人社長にとって、導入しないという選択肢はないと言っても過言ではありません。
- メリット
銀行口座や法人カードの明細を自動で取り込み、面倒な記帳作業を劇的に減らします。手入力によるミスを防ぎ、リアルタイムで会社の財務状況が見えるようになるため、素早い経営判断が可能になります。 - 電子帳簿保存法への対応
これらのソフトは、法律で義務付けられた電子取引データの保存や、スキャナ保存の要件に対応しています。紙の領収書をスキャンしてデータで保存すれば、物理的な保管の手間とスペースをなくし、後から探すのも簡単になります。
法人カード(法人向けクレジットカード)
事業用の支払いと個人的な支払いをはっきり分けるための、最も基本的で効果的なツールです。
会社の経費はすべて法人カードで、プライベートな買い物は個人カードで。このシンプルなルールを守るだけで、経理の透明性は格段にアップし、税務調査で説明を求められたときも堂々と対応できます。
3. 最も価値ある投資:戦略的パートナーとしての税理士
一人社長にとって、優秀な税理士は単なる申告書作成マシーンではありません。会社の財務を守り、成長を後押ししてくれる、最も重要なビジネスパートナーです。
申告書作成だけじゃない!税理士の本当の価値
- 戦略を一緒に考える
年間の利益を予測し、最適な役員報酬額を一緒に検討する。交際費の特例(800万円枠か50%控除か)の有利不利を判断する。生命保険を使った退職金準備プランを設計するなど、専門知識で社長の決断を力強くサポートしてくれます。 - リスクを未然に防ぐ
日々の経理処理の中で、税務調査で指摘されそうな曖昧な点やリスクの高い項目を早期に発見し、「こうすれば大丈夫ですよ」と改善策を提案してくれます。証拠書類の残し方など、具体的なアドバイスももらえます。 - 税務調査の「盾」になる
万が一、税務調査の連絡が来た場合、社長に代わって調査官と交渉・対応を行う「税務代理」は税理士にしかできない仕事です。専門家が間に立つことで、社長は心理的なプレッシャーから解放され、不当な指摘から会社を守ることができます。
まとめ:結局、一人社長の経費はどこまでOK?
この記事では、一人社長が抱える経費の悩みについて、網羅的に解説してきました。最後に、すべての経営者が最も知りたいであろう問い「結局、一人社長の経費はどこまでOKなのか?」に、最終的なアンサーをお伝えします。
その答えは、「『あなたの事業の売上を上げるために必要不可欠だった』と、客観的な証拠をもって第三者(=税務署)に胸を張って説明できるもの」です。
経費にできる・できないを最終的に分けるのは、勘定科目の名前や金額の大小だけではありません。この1つのシンプルな原則に立ち返ることで、ほとんどの迷いは解決できます。
最終判断の3つのチェックポイント
あなたが目の前の領収書を経費にすべきか迷ったときは、以下の3つの視点で自問自答してみてください。
- 【公私の区別】これは100%事業のためと言い切れるか?
「友人と半分仕事の話をしたから…」といった支出はNGです。社長個人の生活費ではなく、会社の事業活動費として明確に線引きできるかが大前提です。 - 【客観的な証拠】その必要性を証明する「武器」はあるか?
なぜその支出が必要だったのかを証明するものが「証拠」です。領収書へのメモ書き(誰と、何の目的で)、会議の議事録、出張報告書、家事按分の合理的な計算根拠。これらが、あなたの主張を裏付ける強力な武器になります。 - 【社会通念】その金額や内容は「常識の範囲内」か?
一人でのランチに毎回3万円、趣味の道具を「研究開発費」として計上する、といった支出は、事業のためと説明しても「社会通念上、不相当」と判断される可能性が高いです。
守りから「攻めの経費戦略」へ
経費の知識は、税務調査から会社を守る「守りの盾」であると同時に、会社の利益を最大化し、事業を成長させる「攻めの武器」にもなります。
- やるべきこと(攻め)
出張旅費規程を整備して日当を非課税で受け取る、自家用車を社用車として登録し関連費用を経費化するなど、認められている経費は漏れなく計上し、節税効果を最大化しましょう。 - やってはいけないこと(守り)
個人的な支出を経費に混ぜない。そのために、法人用クレジットカードとプライベート用を明確に分け、クラウド会計ソフトで日頃から管理する仕組みを作ることが、結果的にあなたを守ります。
経費を正しくコントロールすることは、社長にしかできない重要な経営判断です。もし判断に迷うことがあれば、一人で抱え込まず、税理士などの専門家に相談することも、会社を守るための賢明な一手です。
この記事が、あなたの経費に関する不安を解消し、自信を持って事業に専念するための一助となれば幸いです。
付録:出張旅費規程(一人社長向けシンプル雛形)
以下は、一人社長がすぐに導入できるシンプルな出張旅費規程の雛形です。自社の実情に合わせてカスタマイズしてご活用ください。この規程を正式な社内文書として作成・保管することが、日当などを非課税で支給するための第一歩となります。
出張旅費規程
第1条(目的)
この規程は、株式会社〇〇(以下「当社」という)の役員及び従業員が、会社の命令により出張する場合の旅費の支給について定めるものです。
第2条(適用範囲)
この規程は、当社のすべての役員及び従業員に適用します。
第3条(出張の定義)
この規程でいう出張とは、通常の勤務地から目的地までの片道の移動距離が100km以上となる場所への業務渡航を指します。
第4条(旅費の種類)
旅費は、交通費、宿泊費、及び日当の3種類とします。
第5条(旅費の計算)
旅費は、仕事上必要で、かつ最も経済的な通常のルートと方法によって計算します。ただし、業務の都合上やむを得ない理由がある場合は、この限りではありません。
第6条(交通費及び宿泊費)
交通費及び宿泊費は、実際にかかった費用を支給します。領収書など、支払いを証明する書類の提出が必要です。ただし、宿泊費は、第7条で定める宿泊料の定額を上限とします。
第7条(日当及び宿泊料)
日当及び宿泊料は、出張の日数に応じて以下の基準により定額を支給します。
役職 | 日当(1日あたり) | 宿泊料(1泊あたり上限) |
代表取締役 | 4,000円 | 15,000円 |
取締役 | 3,500円 | 12,000円 |
従業員 | 2,500円 | 10,000円 |
- 日帰り出張の場合は、上記の日当を支給します。宿泊を伴う出張の場合は、出発日から帰着日までの日数分の日当を支給します。
第8条(旅費の精算)
出張した者は、出張が終わったら、速やかに決められた書式で旅費精算書を作成し、証拠となる書類を添付して、承認を得なければなりません。
第9条(規程の変更)
この規程の変更は、株主総会の決議によって行います。
附則
この規程は、令和〇年〇月〇日より作成し、実施します。