はじめに:「一人社長の福利厚生費で節税」は危険なワナ?
会社を経営する一人社長の皆さん、「福利厚生費」という言葉に、どこか甘い響きを感じたことはありませんか?
「うまく使えば、会社の経費で個人的な支出をまかなえて、節税にもなるのでは…」そんな風に考えるのは、節税を意識する経営者として自然なことかもしれません。
しかし、残念ながらその考えは、税務の世界では「危険な誤解」です。特に、従業員のいない一人社長が福利厚生費を使って節税しようとすることは、税務調査で手痛い指摘を受けるリスクが非常に高い行為なのです。
なぜなら、税法における「福利厚生費」は、そもそも複数の従業員がいることを前提に作られた制度だからです。
この記事では、単に「福利厚生費は経費にできません」と突き放すのではなく、一人社長が健全な会社経営を行うための「戦略的な経費管理術」を徹底解説します。
- なぜ一人社長の福利厚生費は原則NGなのか?その根本理由
- 一人社長が陥りがちな、よくある勘違いとNGケース
- もし税務調査で否認されたら?恐ろしいペナルティの連鎖
- 「出張旅費規程」って何?一人社長の最強の味方になる節税ツール
この記事を読めば、あなたは税務調査のリスクを回避できるだけでなく、合法的かつ効果的に経費を管理し、財務的に安定した会社を築くための確かな知識を手に入れることができます。
まずは知っておきたい!福利厚生費の基本ルール
1. 福利厚生費には2つの種類がある
まず基本として、福利厚生費には大きく分けて2つの種類があることを理解しましょう。これがすべての土台になります。
- 法定福利費
こちらは、法律で会社が負担することを「義務付けられている」費用です。健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料といった社会保険料の会社負担分がこれにあたります。これは選択の余地がない、会社としての必須コストです。 - 法定外福利費
こちらは、会社が任意で提供する福利厚生にかかる費用です。社員旅行、食事の補助、レクリエーションなどが含まれます。一人社長が福利厚生費で失敗するのは、ほとんどがこの「法定外福利費」の扱いです。
2. 「法定外福利費」が経費になるための3つの鉄則
会社が任意で提供する福利厚生(法定外福利費)が、税務署に経費として認めてもらうには、次の3つの鉄則をすべてクリアする必要があります。
- 鉄則1:みんなに平等であること(機会の平等性)
福利厚生は、役員や特定の社員だけでなく、すべての従業員が公平に利用できるものでなければなりません。このルールこそが、一人社長にとって最大の壁です。社長たった一人の会社では、「すべての従業員」という概念が成り立たないからです。 - 鉄則2:常識的な金額であること(社会通念上の妥当性)
提供されるサービスや金額が、世間一般の常識から見て、あまりに高額だったり豪華すぎたりしてはいけません。 - 鉄則3:現金支給ではないこと(非現金支給)
福利厚生は、原則として現金や商品券といった換金しやすいものではなく、サービスや食事の提供といった「現物」である必要があります。現金を渡すと、それは「給与」と見なされ、所得税の対象になってしまいます。
3. 社長は「もらう側」ではなく「あげる側」
税法上、社長は福利厚生を「受ける側(受益者)」ではなく、従業員に「提供する側」と位置づけられています。福利厚生制度そのものが、会社(雇う側)と従業員(雇われる側)という関係を前提にしているのです。
一人社長の会社では、社長自身が「提供する側」であり、恩恵を受けるべき「従業員」が存在しません。そのため、一人社長の福利厚生費という考え方自体が、構造的に成り立たないのです。
4. 「法律で禁止されてないからOK」という大きな誤解
「一人社長の福利厚生費を禁止する、とハッキリ書かれた法律はない」という情報を目にすることがあります。これは事実ですが、「だから大丈夫」と考えるのは非常に危険です。
税務調査官は、経費を否認するときに、必ずしも「〇〇法で禁止」という条文を根拠にするわけではありません。彼らはもっと基本的な原則、この場合は「鉄則1:みんなに平等であること」が満たされていないこと、そしてその支出が実質的に社長への給与(役員報酬)と区別がつかないことを理由に否認します。
この支出が福利厚生の要件を満たしていると証明する責任は社長側にありますが、一人社長がそれを証明するのはほぼ不可能です。「禁止規定がないから」という理屈は、税務調査では通用しないと心に刻んでおきましょう。
一人社長でも経費にできる唯一の福利厚生費とは?
2.1 会社になったら発生する「義務」
原則として一人社長に福利厚生費は認められませんが、唯一の例外があります。それが、第1章で触れた「法定福利費」です。
個人事業主から法人成りすると、たとえ一人社長の会社でも、社会保険(健康保険・厚生年金保険)への加入が法律で義務付けられます。これは国民健康保険・国民年金に加入していた個人事業主時代との大きな違いです。
2. 正しい経理処理
社会保険料は、社長の役員報酬から天引きされる「個人負担分」と、会社が支払う「会社負担分」に分かれます。このうち、会社が負担する分は「法定福利費」という勘定科目を使って、正々堂々と会社の経費(損金)にすることができます。
3. これって「節税」なの?
ここで注意したいのは、これを「お得な節税テクニック」と勘違いしないことです。会社を設立すれば、社会保険料という義務的なコストが発生します。
その会社負担分が経費になるのは、特別な裏ワザではなく、会社が負担すべきコストとして会計処理する、ごく当たり前のルールなのです。
本当のメリットは、税金面というより、将来もらえる年金が手厚くなったり(厚生年金)、家族を扶養に入れられたり、法人としての社会的信用が高まったりする点にあります。この点を正しく理解することが、健全な経営の第一歩です。
これはNG!一人社長がやりがちな福利厚生費の失敗例
では、具体的にどのような支出がNGなのでしょうか。よくある失敗例を見ていきましょう。
ケーススタディ1:「社員旅行」のつもりで一人旅
- 本来のルール
社員旅行が福利厚生費として認められるには、「4泊5日以内」で「全従業員の50%以上が参加」する、といった厳しい条件があります。 - 一人社長の場合
社長一人の旅行では、参加率50%という条件を満たしようがありません。そもそも国税庁は、役員だけで行う旅行は社員旅行とは認めない、と明確に示しています。 - 結論
個人的な旅行を「福利厚生費」として計上しても100%否認され、社長個人への給与として扱われます。
ケーススタディ2:「健康診断」のつもりの人間ドック
- 本来のルール
全従業員が受けられる健康診断の費用を会社が負担するのは、福利厚生費として認められています。 - 一人社長の場合
この論点は専門家の間でも意見が分かれるグレーゾーンです。- OKという見方
社長が唯一の従業員なのだから、社長が受けることは「全従業員」が受けたことと同じだ、という理屈です。 - NGという見方(税務署の視点)
健康管理は基本的に個人の問題です。比較対象となる他の従業員がいない以上、会社が社長個人の費用を肩代わりした(=給与を渡した)と見なされる可能性が非常に高いです。特に、宿泊付きやPET検診のような高額な人間ドックは、給与と認定されるリスクが格段に上がります。
- OKという見方
- 安全な考え方: これは白か黒かではなく、リスクの度合いで考えましょう。法律で定められた年1回の一般的な「健康診断」ならリスクは低いですが、高額な「人間ドック」は給与と見なされるリスクが非常に高いです。安全策をとるなら、費用は個人で支払い、確定申告で医療費控除を使う(ただし予防目的の検診は対象外の場合が多い)方が賢明です。
ケーススタディ3:「食事補助」や「一人懇親会」
- 食事補助のルール
経費にするには、従業員が費用の半分以上を負担し、会社の補助が月3,500円以下、といった細かいルールがあります。社長が自分のランチ代を払うのは、単なる個人的な支出です。 - 懇親会
忘年会などが福利厚生費になるのは、全従業員が参加できるからです。「一人だけの懇親会」は、ただの一人での食事であり、経費にはなりません。
もし税務調査が来たら?知っておかないと怖いお金の話
1. 税務調査官は「公私混同」を狙っている
税務調査官が中小企業をチェックする際、最も厳しく見るポイントの一つが「公私混同」、つまり会社の経費と個人の支出がごちゃ混ぜになっていないか、という点です。
一人社長の福利厚生費の計上は、この「公私混同」の典型例と見なされやすく、調査官にとって格好のターゲット(レッドフラグ)になってしまいます。
2. 恐怖のドミノ倒し!1つの否認が招く三重のペナルティ
ここが最も重要なポイントです。不適切な経費が否認されると、「その分の法人税を払えば終わり」ではありません。恐ろしい税金の連鎖が待っています。
- ステップ1:経費の否認
計上した福利厚生費が経費として認められず、会社の利益がその分、過去に遡って増えます。 - ステップ2:法人税などの追徴
増えた利益に対して、法人税・法人住民税・法人事業税が追加で課せられます。 - ステップ3:「役員給与」と認定:
否認された金額は、社長個人への「給与」だったと見なされます。 - ステップ4:給与の損金不算入
この「給与」は、事前に届け出た定期同額給与ではないため、会社の経費(損金)として認められません。つまり、会社はこの支出を経費にできず、税金を二重に払うような形になります。 - ステップ5:個人所得税の追徴
社長の個人所得が増えたことになるため、追加で所得税と住民税を支払う必要があります。 - ステップ6:罰金としての追徴課税
最後に、ペナルティとして以下の税金が上乗せされます。- 過少申告加算税: 申告漏れに対する罰金(税額の10%~15%)。
- 延滞税: 納税が遅れたことに対する利息(年率最大8.7%にもなる)。
- 悪質だと判断されれば、さらに重い重加算税(35%~40%)が課されることもあります。
たった一つの不適切な経費計上が、「法人税」「個人所得税」「ペナルティ」という三重苦となって、法人と個人の両方に襲いかかります。10万円の経費を無理やり計上して数万円の税金を浮かそうとした結果、最終的に支払う金額が元の経費額をはるかに超えてしまう…そんな笑えない事態になりかねないのです。
「福利厚生費」がダメならどうする?正しい経費化のススメ
1. 考え方を変えよう!「個人的な利益」から「事業への貢献」へ
賢い経費管理のコツは、「どうすれば個人的に得できるか」ではなく、「この支出は、どう会社の売上につながるのか?」を常に考えることです。すべての支出に「事業上の必要性」を持たせ、それを証明できるようにしておくことが重要です。
2. 正しい勘定科目を使おう!
リスクの高い「福利厚生費」の代わりに、正当な事業活動は以下の勘定科目で処理しましょう。
- 会議費
取引先との打ち合わせや、一人での事業計画を練るためのカフェ代、食事代などに使います。社外の人との食事で1人あたり10,000円以下なら、「会議費」として全額経費にできます。領収書に「いつ、誰と、何のために」をメモしておくのが鉄則です。 - 交際費
会議費の上限を超える食事や、お中元・お歳暮など、取引先との関係を円滑にするための費用です。中小企業なら年間800万円まで経費にできる優遇措置があります。 - 研修費
事業に必要なスキルアップのためのセミナー参加費や、業界の展示会を視察するための出張費などです。何を学び、どう事業に活かすかをまとめた報告書があれば完璧な証拠になります。 - 旅費交通費
仕事で移動するための交通費や宿泊費です。これについては、次の章で最強の活用法を解説します。
3. シーン別!OKな経費、NGな経費
一人社長がやりがちな間違いを、正しい経費処理に変換するための早見表です。
支出シナリオ | 間違いやすいNG分類 | 正しいOK分類 | 経費にするためのポイント |
リフレッシュ目的の一人旅行 | 福利厚生費 | 経費にできない | これは完全にプライベートな支出です。個人の財布から払いましょう。 |
地方の展示会に参加するための出張 | 福利厚生費 | 研修費 と 旅費交通費 | 展示会のパンフレットや名刺を保管し、「出張報告書」で目的と成果を記録する。 |
取引先とのランチ(1人8,000円) | 福利厚生費 | 会議費 | 領収書に相手の会社名と名前、打ち合わせ内容をメモする。 |
大事な仕入先との会食(1人15,000円) | 福利厚生費 | 交際費 | 領収書に相手の会社名と名前、目的(例:「年間懇親会」)をメモする。 |
高額な人間ドック | 福利厚生費 | 経費にできない | 給与と見なされるリスク大。個人で支払うのが最も安全です。 |
一人社長の最強の味方!「出張旅費規程」を使いこなそう
1. 出張の日当は「福利厚生費」?いいえ、「旅費交通費」です!
さて、ここまで一人社長の福利厚生費のリスクを解説してきましたが、ここからは一人社長が合法的に、かつ大きな節税メリットを享受できる「最強のツール」をご紹介します。それが「出張旅費規程」です。
まず結論から。この規程に基づいて支払われる出張の日当(出張手当)は、「旅費交通費」という経費になります。決して「福利厚生費」ではありません。これは非常に重要なポイントです。なぜなら、「旅費交通費」は事業を行う上で必要なコストであり、誰かへの特別な利益供与ではないからです。
2. 会社も社長もハッピー!「出張旅費規程」3つのメリット
適切に「出張旅費規程」を作成・運用すると、会社と社長個人、双方に素晴らしいメリットが生まれます。
- メリット1(会社側)
支払った日当は全額「旅費交通費」として経費になり、法人税が安くなります。さらに、国内出張の日当は消費税の計算上「仕入」扱いになるため、納める消費税額も減らせるのです。 - メリット2(社長個人側)
社長が受け取った日当は、給与ではなく「経費の立て替え分」と見なされるため、なんと所得税や住民税がかかりません(非課税)。税金の負担なく、会社の資金を合法的に個人に移すことができるのです。 - メリット3(経理の手間)
日当は定額で支払うため、出張中のこまごまとした食事代などの領収書を集めて精算する手間がなくなります。経理事務がぐっと楽になります。
3. 一人社長のための「出張旅費規程」かんたん導入ガイド
「一人しかいない会社で、自分宛てのルールを作るなんて意味あるの?」と思うかもしれません。しかし、その「形式」こそが税務調査で絶大な効果を発揮します。
規程や議事録といった客観的な書類を作成することで、「この会社は社長個人の財布ではなく、独立した法人としてきちんと運営されていますよ」という強力な証拠になるのです。
導入は簡単4ステップ!
- 規程を作る
まずは「出張旅費規程」という書類を作成します。出張の定義(例:事務所から100km以上離れた場所への移動)や、日当の金額(例:日帰り5,000円、宿泊10,000円など)を具体的に定めます。将来、従業員を雇うことを見越して、役職(代表取締役、一般社員など)ごとに金額を変えておくと、より説得力が増します。 - 金額は常識の範囲で
日当の金額に法的な上限はありませんが、あまりに高額だと否認されるリスクがあります。同業他社の相場や、国家公務員の旅費規程などを参考に、社会常識の範囲内で設定しましょう。 - 議事録を残す
作成した規程を、自分で開催した「株主総会」や「取締役会」で承認し、その事実を「議事録」として残します。これが決定的に重要な証拠書類となります。 - ルール通りに運用する
出張のたびに、簡単な「出張報告書」を作成します。日付、目的地、目的、業務内容などを記録し、日当を支払った根拠として保管しましょう。
詳細はこちらの記事をご覧ください。
結論:賢い経費管理こそ、成長の原動力
一人社長が福利厚生費で節税しようとするのは、残念ながら幻想です。その試みは税法上の原則と相容れず、税務調査で発覚すれば、かえって大きな金銭的ダメージを負うことになりかねません。
本当の節税とは、裏ワザを探すことではなく、ルールに則ったクリーンな財務体制を築くことです。
- 会社のカネと個人のカネをきっちり分ける。
- すべての経費に「事業のため」という理由を持ち、それを記録する。
- 「会議費」や「交際費」など、正しい勘定科目を使い分ける。
そして、一人社長にとって合法的な節税策が「出張旅費規程」の導入です。
このようなプロフェッショナルな経費管理を実践することこそが、あなたの会社を成長させる確かな土台となるでしょう。